第13話 再契約
― グラデーボレ・シティ ヴィオレンザ・ファミリー ホーム 昼 ―
「おう、戻ったか」
本館にあるトレーニングルームで上腕を鍛えるマシンを使っていたティアーモがサンチョを見て腕を止める。
マシンから腕を離し、タオルで汗を拭くと、美女たちが冷たいドリンクを持って彼に差し出す。
ストローからドリンクをゴクゴク、と喉を鳴らして飲み干すと「で?」とサンチョの方に向き直った。
「…殺ったか?」
ティアーモは笑みを含みながら彼に問う。
「いや、殺ってない」
サンチョはその問に対し首を横に振る。たちまち、ビキリ、とティアーモの眉間に青筋が浮かんだ。
美女たちがビクリ、と震え、彼からさり気なく距離を取った。
一方のサンチョは落ち着き払った顔で真っ直ぐにティアーモを見据える。
「なぜだ?じゃあなんでお前はのうのうと悪びれもなく、そのキタねぇ俺の前に面を見せやがる?」
「? 顔は洗ってきたはずだが…」
汚い顔と言われたサンチョは首を傾げ、ハンカチで顔をゴシゴシと擦る。
「そうじゃねぇ…なんで殺ってねぇのに俺の前に姿を現したか聞いてんだよ」
ティアーモは頬をヒクヒクとけいれんさせながら押し殺した声でささやくように尋ねる。
「俺はお前に命令したよな?二度と殺し屋を仕向けられないようにしろ、と」
「ああ」
「俺はおばあちゃんのセーターを馬鹿にされるのと、ニンジンを食わされるのと同じくらい嘘をつかれるのが嫌いなんだよ」
ベキベキベキ、とプラスチックでできたドリンクの容れ物が砕け、中からドリンクが地面に散乱する。
「…『嘘をつかれる』ではなく、『裏切られる』のが、じゃなかったか?」
「同じことだろぉが!!!!」
砕けたドリンクの容れ物をサンチョに投げつけるが、彼はそれをヒョイ、と身体を僅かにずらしただけでかわす。
「俺は嘘をついていないし、お前を裏切ってもいない」
サンチョはなぜ彼が怒るのかわからないと首を傾げ、困った顔をする。
「約束を果たしたからここにきた」
「!? そうか…あの野郎の手足を切り取って、二度と俺に歯向かえないように恐怖を刻み込んでやったんだな?」
先日、レストラン「ヴィオ・レ・デ・マーマ」で殺し屋に行った拷問を思い出し、はっ、とした顔をしたティアーモは顔を輝かせてサンチョに尋ねる。
ティアーモは拷問の中身を見ていないが、部屋から漏れ出るこの世のものとは思えない絶叫ははっきりと覚えている。
そうだ、なにも殺すだけが正解じゃない。死んだ方がマシだって思うこともある。目の前にいるのはあの伝説の殺し屋サンチョ・パッソなのだ。
あのアヴァーロ・コッダルディーアはこの悪魔に生き地獄を味合わせられたに違いない。
ティアーモは「なんだよ…そういうことか」と深く息を吐いて、途端に笑顔に変わる。
ティアーモの近くにいた美女たちはその顔を見てホッと胸を撫で下ろした。
「いや…俺はそういうのは好きじゃない」
納得しかけたティアーモに、サンチョがボソリと呟く。
「なんだと?!」
その瞬間、ティアーモの顔が再度怒りの形相に変わる。
「なんでそこで『うん』って言わないのよ!!」とばかりに美女たちもまたサンチョを睨むがサンチョは「うううむ…」と唸って口を開く。
「言った筈だ。俺は仕事以外の殺しはしない。暴力も嫌いだ」
「これが!てめぇの!仕事!だろぉがっっっっっ!!!!!!」
バコン!!!!
激しい音を立てて上腕を鍛えるマシンの一部が彼の拳によってひしゃげる。
美女たちが顔を真っ青にしながらその場にへたりこみ、震えながら彼を見上げる。
拳からポタポタと血が流れるのをサンチョは見て、「痛くないか?それ」とコメントする。
「うるせぇ!!!!」
ティアーモは顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす。
彼の怒声と大きな物音に近くに控えていた護衛たちが一斉に駆けつける。
「おい、アッラ=モーダ。コイツをぶっ殺せ」
ティアーモは真っ先に駆けつけたおかっぱにサンチョの射殺を命じる。
「待て、落ち着け」
サンチョは戸惑いながら彼に銃を向ける護衛たちを気にすることなく、ティアーモに声をかける。
「俺が今回依頼された内容は『二度と殺し屋を仕向けられないようにしろ』だ。殺しの依頼は受けていない。だから俺はアヴァーロに頼んできた」
「あ?『お願いですから、ティアーモさんを殺さないでください~~~。殺し屋を差し向けられると僕、困っちゃうんですぅ~~~~』ってか?」
ティアーモがおどけて見せると護衛の何人かがサンチョを馬鹿にしたように笑う。
もっとも、実際笑ったのは殺し屋たちの襲撃の当日、非番で、サンチョの正体と実力を目撃していない者たちだけだったが…。
「マフィアがそんなガキみてぇな約束守るわけねぇだろ!!!」
つばを飛ばしながら叫ぶティアーモにサンチョは「そうか?」と静かに返す。
「俺は今までこういう約束についてはあまり破られたことはないが…」
サンチョのその声は普段と違い、皆が息を飲むほどの凄みがあった。
「もしアヴァーロが約束を守らないなら、今度は『仕事』として彼に会いに行こう」
「そういうことなら俺は『宝石が咲く花』をてめぇにやらねぇぞ」
「む…それは困るな」
サンチョは眉をひそめる。
「だったら今からでもアヴァーロのクソ野郎を殺ってこい!」
「それは断る。だが『宝石が咲く花』は譲って欲しい」
「~~~~~~!!!!」
「パパ」
切れるのではないかと心配になるほど血管を膨張させて怒るティアーモにおかっぱが恐る恐る声をかける。
「なんだ!?死にてぇのか?」
食い殺しかねない勢いで叫ぶティアーモにおかっぱは肩を縮めながらそれでも一歩前に出る。
「サンチョ・パッソが圧力をかければ大抵のマフィアは手を引くはずだ。多分アヴァーロから殺し屋が差し向けられることはないよ。…それに」
おかっぱはサンチョをチラリと見る。
「アヴァーロを生かしたことで、彼からうちのファミリーにサンチョ・パッソがいることは他のファミリーにも伝わるはずだ。パパへの襲撃が減るかもしれない。パパ、今は週1で襲撃に遭っているだろう?」
「酷い時は週2~3回な。…なるほど」
ティアーモはマシンから立ち上がり、サンチョを見下ろして頷く。
「…じゃあこうしよう。1年。1年だ。1年俺のファミリーで護衛をしろ。その間にコッダルディーア・ファミリーからの刺客が来なければ『宝石が咲く花』をやる。もしくはそれまでにてめぇが俺の殺しの依頼を引き受けたら…どうだ?」
「…」
「俺はてめぇという用心棒を手に入れ、しばらく安全に暮らせる。てめぇは長くて1年で『宝石が咲く花』を手に入れられる。悪い話じゃねぇだろ?」
ティアーモはサンチョに手を差し伸べる。
ベッロ・キャッペライオからは「宝石が咲く花」の入手期限は定められていない。
「宝石が咲く花」を入手した暁にはベッロから報酬として、ジョカットリ・ボッテガイオのキリンさんのぬいぐるみをもらうことになっている。
最長1年で報酬が手に入ると考えれば確かに悪くはないかもしれない。
「わかった。その契約受けよう」
サンチョは頷き、ティアーモの手を取った。




