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1. Tip off

 1

 ──どうせ食べるのなら甘さ控えめのものよりも、とびきり甘いものの方がいいんじゃないですか?

 そう囁かれた声に頷いてしまったとき、アタシの日常は蝕まれ始めた。



「おはよーカオル」

「おはよう」

「カオル先輩、おはようございます! これよかったら飲んでください」

「あ、ありがとう」

 練習の時間になると、アタシはたまにこうやって差し入れをもらうことがある。

 ありがたい気持ちと、ちょっと困るなって気持ちが正直半々、かといって無下にするのもアレだから、いつも結局受け取ってしまう。

「彼女持ちのくせに、相変わらずモテるねー」

 こうやって部活の仲間にからかわれるのも、もう慣れた。

「うっさい、さっさと練習するよ!」


 女子校という閉鎖的な場所だからか、自分で言うのはなんだけど、アタシはそこそこモテている。

 まあ、ゲレンデマジック的なアレやコレやに一部の子がかかっているだけで、アタシはもてはやされほど、顔がいいわけではない。ただのバスケ部の部長だ。

「……あっつぅ」

「お疲れさま、はい」

「ありがとう」

 練習終わり、いつものようにすっとタオルとスポーツドリンクを差し出してくれたのは、部のマネージャーの一人で他ならぬアタシの彼女、サナミだ。

 まあでも、彼女っていったってそんな大げさなもんじゃない。

 たまにデートしたり、栄養管理とかなんとか言ってお弁当を作ってもらったりとか、そういういたってプラトニックな関係だ。

「ね、今週の土曜の部活終わった後、暇?」

「暇だけど」

「じゃ、付き合ってよ。色々買いたいし」

ほんの少しだけ期待しそうになって、やめた。サナミは純だからそういうこと、絶対起きないだろうし。

「おっけー」

「ありがと、じゃまた明日ね」

「バイバイ」


「……ぁ」

 家でスマホをいじりながらのんびりしてると、メッセージがきた。

「先輩、今から時間があったら晩ごはんご一緒しませんか〜♡♡♡」

 家の中なのに、思わず画面を隠しそうになった。

「……」

 メッセージを送って来たのは、彼女とは別の子だった。


 2

「あ、センパイやっときた〜遅いですよぉ、ヒメカ待ちくたびれちゃいました〜」

自分を下の名前で呼ぶこの女はアタシの後輩で、簡単に関係を説明するなら……いわゆるセフレってやつだ。

「これでも急いできたんだけど」

「え〜本当ですかぁ?」

この甘ったるい声と仕草。こんなこと言ったら絶対怒るだろうから言わないけど、本当コイツはあざとい。

「早く決めちゃってくださいね〜」

アタシが座った途端に、メニューを押しつけるように差し出してくる。

「……じゃあこれでいいよ」

正直なんでもいいから一番人気らしいドリアにした。


「で、彼女さんとは最近どうなんですかぁ?」

「……何も変わってない」

「ぷっ」

心底おかしそうな顔でヒメカは笑う。

「いや全然笑いごとじゃないんだけど」

「いや分かってましたけど、センパイヘタレ過ぎませんかぁ? あ、そ・れ・と・も」

「……」

アタシの表情を見て、クスリとヒメカは笑った。

「ふふっ、やっぱりやめときます」

「なにそれ」

「なんでもないです」

そう言って微笑まれると、アタシはいつもそれ以上聞く気になれなくなる。


「で、今日はこのあとは()()()()つもりですか?」

「……そのつもりだから呼んだんじゃないの」

このあとどうする、という言葉はアタシとヒメカの間での合図みたいなものだ。

このあと、どっちかの家でセックスする? ストレートに言ってしまうとそういう意志確認みたいなもので。

「ヒメカはただ、センパイとご飯食べたいなーって思っただけですよぉ」

コイツは決まっていつもそう言う。最後の言葉は絶対アタシに言わせるんだ。

「……アタシの家くる? アンタの好きなやつ買ってあるし」

「ふふっ、分かりました」



「アンタ、首の跡どうしたの?」

「……さぁ?」

ヒメカは本当に分からない、というようなとぼけた顔をする。

「……」

「センパイ、今日は随分とキスが好きですね」

「……うっさい」

ヒメカはちょっとビッチっぽいところがある。アタシもコイツにとっては数あるうちの一人でしかいない。

そんなことはとっくに知ってる。知ってるけど、それがどうしようもなくムカつく。

それにきっとコイツは最初からアタシに見せつけるつもりで、わざと跡を残してきたのだろう。


「……ふふっ、センパイって本当可愛い」

それを分かってて嫉妬するアタシを弄んで、満足そうな顔をする。いつものことだ。

分かってる、それでも心の奥がざわざわと音をたててさざめいて、コイツから離れられなくなる。


本当、コイツは性格悪い。

でも、その性格が悪いことを隠そうとしないところも、アタシのヒメカの好きなところでもあるから、どうしようもない。

「……いいですよ、そこ、もうちょっと優しく……んっ」

でもコイツは性格悪い分、とびきり声と身体がエロい。

手のひらからあふれるぐらいのサイズの胸と、高くて甘い声質が本当に耳が残る。

()()()()の擬人化だコイツは本当。


「センパイって、どうして今カノさんと付き合い始めたんですか」

「なんで?」

急にそんなこと聞かれても困る。

「純粋な好奇心っていうか、センパイは今カノさんのどこに惹かれたのかなって」

「うーん」

なんというか改めて聞かれるとぱっと出てこない。もちろん、サナミのことは好きなんだけど、どこっていうと難しい。

「世話焼きで真面目で一生懸命なところかなあ」

「へぇ」

「なにその顔」

「いやだって、センパイいっつも言ってるじゃないですかぁ、サナミは真面目すぎてつまんないって」

「……まあね」

お前達、短所は言い換えれば長所なんだ!って顧問が言ってたのを思い出した。

その理屈が通るのなら、逆もまた成り立つ。たとえどんなにいいところでも、裏を返せば悪いところになるってことだ。



「センパイ、ヒメカそろそろ帰りますね」

「ああうん、夜遅いから気をつけて帰りなよ」

「……」

ドアを閉める前に、ヒメカはなぜか物欲しそうな顔をしていて。

その顔がずっと頭から離れなくて、アタシは朝になるまで寝つけなかった。


3

「ねえ、他になんか買っておいたほうがいいものってあったっけ」

「うーんどうだろ」

土曜日の部活帰り、アタシはサナミとスポーツショップに来ていた。

「あっテーピングも買わなきゃ」

これじゃデートじゃなくて、ただの荷物持ちじゃん。

そう言いかけそうになったけど、やめておいた。

「あ、それで次の対戦校の三間桜のことなんだけど、晴海(はるみ)っていう選手が──」

お腹減ったでしょ、何か食べる? って言われて家にあがったと思ったらこれだ。

なにも食べた後すぐに、ミーティングめいたことをしなくてもいいのに。これじゃ普段となんにも変わらない。

いや、別に不満なわけじゃないんだけど。もうちょっとなんというか、ないんだろうか。

「ねえ聞いてる?」

「うんうん聞いてる」

「それでね──」

ずっとこの調子じゃ、つまんないな。

「あっごめんサナミ、アタシそろそろ帰らなきゃ」

「えっ、どうかしたの」

「そういえば、今日犬の散歩の当番だったんだよ〜。ごめんね」

「……そっか、気をつけて帰ってね」

「うん、また月曜ね」

思いっきり嘘をついた。最近うちの犬の散歩は弟にやらせてるから、アタシがする必要はない。

嘘をついたことに罪悪感がないわけじゃないけど、まあ疲れたし、家で寝たくなった。


「……ん?」

昼寝、というか夕方寝から覚めたきっかけは、スマホのバイブレーションだった。

「……」

通知はヒメカからのメッセージで、この前と同じような晩ごはんのお誘いだった。

いや、ぶっちゃけめちゃくちゃ眠いし、部活&買い出しに付き合わされたせいですっごく疲れてる。

「……はぁ」

でも、アタシの指は今から行くって返事を送っていた。


「あっセンパイ今日は早かったですね。もしかしてヒメカの連絡待ってたとか?」

「たまたま目が覚めたとこだったし」

「……そういうときは、嘘でもそうだよって言って下さい」

頬を軽く膨らませながら、あざとく怒った振りをするヒメカ。

ムカツクけど、同時にちょっとかわいいなって思ってしまった。

「ごめんごめん」


「……それで、次の試合も勝てそうなんですか?」

「んーまあ大丈夫じゃない」

「余裕ですね〜流石センパイカッコいいです」

「まあね」

正直ウチの敵じゃない。

「……ぷっ」

「なんで笑うの」

「自分がカッコいいってことは否定しないんだな〜って」

「……うっさい」

「でもぉ、センパイがカッコいいのは本当ですよ」

……本当にコイツは。

「ねえ、今日はアンタの家行きたい──」

そう言いかけたときにスマホが鳴り出す。どうやら電話みたいだ。

「……それで、今日はアンタの家でいいでしょ」

画面をちらっと見て、アタシは無視することに決めた。

「いいですけどぉ、電話とらなくていいんですか?」

「いい。それより早く行こ」

ヒメカを急かしてアタシは店を出た。


「センパイ、今日はいつにもましてシたがりさんですね。どうかしたんですか」

キスをした後、そそくさとブラを脱がせ始めるアタシを見て、そうヒメカが聞いてきた。

「そういう気分なの」

ヒメカの口をもう一度唇と舌でふさぐ。

「センパイ、チュー上手くなりましたね。あ、もしかして彼女さんで練習とかしてます?」

「……っ!」

ニヤニヤ笑う顔で分かった。こいつアタシが練習なんてしてないって分かって言ってる。

アタシの理性は、この瞬間完全に消え去った。


「ごめん、ちょっとやり過ぎた」

肩につけた噛みあとを撫でるヒメカを見て、後悔した。

「ま、消えそうなんでいいですけどぉ、気をつけてくださいね」

「ホントごめん」

「今度なんか買ってくださいね」

「……うん」

怖いことを約束させられたけど、しょうがない。

「ヒメカはセンパイのものじゃないですから」

「……」

さっきまでの甘い時間がぶっ飛びそうなことを、笑顔で言われたら流石に傷つく。

「ふふっ、それともヒメカを彼女にしたくなりました?」

正直ちょっとそう思うときもある。けど、そうしたら今のこの心地良い距離の関係が終わってしまう。

「……とりあえずやめとく」

「センパイのそういう変な勘違いしないとこ、好きですよ」

そう言ってヒメカはアタシにキスをした。


──アタシはもう、元には戻れない。そう実感しながらヒメカにキスを返した。

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