ある女の話
女の嫉妬は醜くないみたいに言うな
ある女の話をする。ある女というのはまだ赤の他人の女で、これは噂話に過ぎないというのが前提である。私は勤めている都内の病院で、ある噂を耳にした。看護主任が言っていたことで、
「裏にある神社あるじゃない、あそこの御朱印なんかを書く方いらっしゃるでしょ。あのお嬢さん、実は怪しい仕事してるらしいわよ。」
怪しい仕事とは、十中八九、水商売のことであろうが確かなことは分からない。私はそれを聞いて、特段何も思わなかった。いや、本当は少しだけ変な気持ちにはなった。正直に言うと少し嫉妬したのである。その女に対しての悔しさが心に響いたのである。私が思うに、水商売をする女は、女の中でも地位が高いと感じるからである。あくまでも感じるだけである。頭の中では当然のように見下し、蔑むものとして存在しているはずであるのに、女としては良いもののように感じるのだ。男と同じく、普通の仕事をして普通の給料を貰う方が惨めだと感じるのである。これは女のサガというものなのか、若さが価値を高めるというある男の私欲に臆しているのかもしれない。私は兎に角、そういう女の話を聞くたび、素直な気持ちを言うと、自由で羨ましいと感じるのである。しかしそれを認めてしまっては自身の生活があまりにも惨めに思えてしょうがないので、何も思わない自分を作り上げたのである。そういう話を聞いても嫉妬しないし、批判もしない。そういう風に自分を演じて騙しているのだ。一種の回避行動である。しかし、それはあくまでも頭の中での出来事で、実際にはその女がどれ程の女なのかを確かめたくなるものである。女は自分よりも美しい女を嫌う傾向にある。しかし自分よりも美しさが劣る女を好きになることは決してないのである。女は自分よりも劣る女を見下すと、余裕が生まれ、関心も無くなる。だが自分より美しい女には嫉妬と共に興味が湧くのである。本音を言うと女は常に自分が一番美しくありたいものである。
「ではこちらをお預かりいたします。」
結局、例の神社に来てしまった。わざわざ御朱印帳まで買いに行ったのだ。最初のページが埋まっていないと、なんとなく疑われそうな気持ちになったので数日前にもう少し離れたところにある神社で御朱印を貰ってきておいた。なんの小細工にもならないが、私はそういう女なのである。
「お願いします。」
そして、例のお嬢さんはたしかに可愛らしい子だった。しかし嫉妬するに値しない女だった。というより自分と比べるにはあまりにも幼い気がした。こういう可愛い部類の女は私自身あまり嫉妬の対象にしていないというのもあるかもしれない。女は可愛いよりも綺麗である方が、大人になってからは需要があると考えるからである。私自身も彼女よりも高身長で、大人びている自負がある。目鼻立ちもはっきりしているし、正直負けているとは思えなかった。
「お待たせいたしました、ではこちらをお返しします。」
小さな手だった。爪までピカピカと透明な光があって、一瞬の隙にじっと顔を見ても兎や猫のような可愛らしさを覚えた。
「ありがとうございます。」
そう言って私は神社を後にした。帰る途中、飽きもせず彼女のことを考えた。たしかに彼女は可愛らしい女で、ああいうのを好きな男は少なくない。若々しいので本来なら私が嫉妬する対象であるはずであった。しかし彼女にそれ以上に安心感を覚えた。なんとうなしに、彼女の話し方や雰囲気が私の嫉妬心を和らげたのだ。こんなことは今までになかった。感じのいい女、愛想のいい女というのも少し違う。長年付き合いのある友人のような、母親のような雰囲気を感じたのだ。不思議な女であった。私はその時すでに彼女の容姿ではなく、気配のようなものに惹かれていたのかもしれない。しかし、あの子が怪しい仕事をしているというのは一体どういう訳なのか。それが気になって、寝床に入るまでずっと考えていた。目が覚めると夜が明け、部屋が真っ白に陽の光に照らされていた。じんわりと汗をかき、頭の奥で彼女の姿が浮かんでいた。しばらく動く気になれず、ただぼーっと彼女の普段の生活を想像して、いつしか眠りに戻っていた。
おわり