05.5 教師として参加しています ~~其の二~~
「質問の主軸を始点に戻します」
頭痛を堪えたような顔のままダナイが質疑の内容を変えてきた。
「私に対する虐めを裏で主導しているのはレイコトエ様、あなたであるという噂がございますが──」
「何それ⁉️」
「──御存じではないと。では──」
「待て! 今の噂は──」
「結構学内何処ででも、聞こえよがしに囁かれてますよ、殿下。おまけに、次の質問とも重なりますが、その噂を流しているのが私であるという落ちになっているそうですが、こちらは御存じでは──」
「知らないわ。その噂、変よ。理屈が通らない」
「──あられない、と。レイコトエ様が聡明な方であられて何よりです」
「だっておかしいのだもの。まず、わたくしがあなたを虐める理由が何も無いわ。あなただって、こんな噂を流す意味なんて無いでしょう?」
「はい。レイコトエ様は学園内の女性の天辺。対して私は最下層。接点が何もありません。ですが噂好きの御令嬢方によると、私が分不相応にも殿下にすり寄っているのが気に入らないのだろうとのこと」
「何だその気色の悪い根も葉も無い噂はっ……!?」
堪り兼ねたのだろう殿下は、鼻の頭にシワを寄せておられる。
同意するようにダナイは大きく一つ頷き、続ける。
「私のような身分を持たぬ人間は、高貴な方にすり寄り蘢絡せしめ堕落させるのが役割なのだそうですよ」
「随分と不愉快な決め付けだな」
クトニオンス(甥)が感情を隠そうともせず呟いた。あれは怒っている。
「あゝ、本日より噂に追加事項もございました。私は生徒会の皆様と関係を持ったふしだらな女なのだそうです」
この段になると、発言者本人──ダナイにも呆れの中に冷笑が浮かぶ。当然だろう。呆れるしかない不愉快な妄言なのだから。因みに、ここに居る全員が似たり寄ったりの表情になっている。
パラヌスが大きく溜め息を吐いた。
「その噂を流しているのがダナイ嬢、あなたであるとその者達は言うのですね? 自分にとって不名誉な噂を流す馬鹿が居るのでしょうかね? 噂している者達はいったい何を考えているのでしょうね?」
全く同感である。
「そもそも友人も味方も居ないあなたが、どうやってその手の噂を流したというのでしょうね?」
遣りようによってはできない事もないだろうが、今回はいくらなんでも無理がある。
余程嫌気が指したのだろう。クトニオンス(叔父)──ルプスも口を挟む事にしたようだ。
「ダナイ嬢。君がここ迄報告を上げてくれたということは、この場に居る我々を信用してくれていると考えて良いのかな?」
「少なくとも、この噂に関しては生徒会の皆様は被害者ですから。他に仕掛けた誰かが居る、と素直に判断するべきかと」
「嬉々として噂している者達は、殿下、延いては王家を貶めていると気付かないのか?」
「もしくは、そちらが目的なのでは?」
「王家にケチを付ける事がか?」
「可能性の一つです。……パイエオン先生とか?」
いきなりお鉢が回ってきた。
「ダナイ嬢、本人を前に失礼ですよ。何より、何故パイエオン先生がそのようなまねをする必要があるのですか?」
パラヌスの注意に、ダナイはあっさりと頭を下げてきた。
「まずは謝罪を。先生、申し訳ありませんでした。けれど喩えとして適当でありましたもので」
「適当、ですか……」
私は苦笑いしかない。
「だって先生は神殿側の監視役としてこちらに居られるのでしょう?」
「バレてんじゃねーか」というルプスの呟きを余所に、生徒会の子供達は驚いているようだ。
これだけは押さえておかねばと、私は断りを入れる。
「少なくとも私は、あなた方を護れる教師でありたいと心掛けています」
私の発言にダナイは少し考えるような素振りを見せる。
「……わたくしの個人的意見として、パイエオン先生個人は信用しています」
「個人でなくなれば信用できなくなるとも聞こえるな」
この返答は素直なルプスのものである。
それに対してダナイは疲れたように頷いた。
「個人的に、正直神殿は信用できかねます」
「あなたは市民街預かりの《友人》に酷い理不尽を突き付けられた過去がありますから、仕方がないと思います。過日は本当に申し訳ない事をしてしまいましたね」
《友人》という表現は、神殿に属する人間が同胞に対する言葉として多用される。役職や身分をボカすのにも重宝している。
何はともあれ、生徒会の子供達も私が神殿側の人間である事実は飲み込んだようだ。
波紋を投げ掛けた当のダナイは首を軽く振り、私は関係ないのだから謝らないでほしいと付け加えてくれた。
「パイエオン先生は、生徒、延いては特待生である私の護り手である側面もお持ちであるのでは?」
「待て!」
殿下が慌てて声を挙げた。
「神殿側は今回のような事態を予測していたとでも言うつもりか? 確かに特待生がある程度の差別を受けるであろう予測はできる。しかし今回の噂はかなり悪質だ。それを神殿は読んでいたと?」
それに対して私は首を振って答えとする。しかし実際に回答したのはダナイだった。
「元々特待生は、将来を担う生徒達に対する試金石の意味合いがあるのだと思います」
意味を理解したのであろう生徒会の男子生徒達は揃って険しい顔付きになり、レイコトエ嬢は痛ましげな視線をダナイに投げている。
「実際、今回の噂に関わっている人間も篩に掛けられているのでは? 根本的に人間として問題があり、王宮ないし神殿の中央に上げたくない人物を炙り出す為の餌。それが特待生」
「餌って……それでは実害もあるのでは? いくら先生方が気を付けて居ても、ずっと特待生の側には居られないのですもの」
レイコトエ嬢が指摘すると、ダナイがふいと視線を逸らした。
私は彼女の代わりに答えるべく、苦笑を浮かべる。
「実際、複数の男達に物陰に引き込まれていましたね」
当人--ダナイ以外が揃って息を呑んだのが分かった。
「平民でも誇りは持ち合わせがございますので、自身の名誉の為にお断りを。須くきちんと返り討ちにしてございます」
私が同意を示すように笑顔で頷くと、観覧者達はホッとしたようだ。
「彼等のその後を知りたくはないかね?」
「興味ありません」
「こちらは大いにある。勿論、退学処分が下されている筈ですが、こちらの耳に入っていないのはどういう事であるのか、お伺いしても?」
言葉通り無関心のダナイとは反対に、殿下は厳しい顔で問い質して来た。
「彼等は自主退学という形をとって、神殿の一員になっているからです」
ダナイ以外の全員が、私の言葉の意味を考えたらしい。
「〈家〉の名誉を守る為か……。しかし、神殿入りとはどういう事だ?」
私は特大の苦笑を洩らした。だが付き合いの長いルプスだけは、皮肉が込められているのだと気付いたようだ。私は不愉快な気持ちと同じくらい笑い飛ばしたい衝動に駆られた。勿論抑えたが。
「彼等は揃って同じ罰を受けました。女神達に愛されたダナイ嬢を汚そうとした為に女神達に手酷いお仕置きをされたのです」
途中で吹き出してしまわぬように、私は一旦呼吸を調えた。
「彼等は身体を作り替えられ、男の身体のまま女の路を刻まれて、現在は男性を好む者達の相手をしています」
この辺りでダナイが隣に立つレイコトエ嬢の両の耳を塞いだ。その行為に、若干物理的な距離のあった殿下が、誉めるように又は感謝するかのように頷いてみせた。
だが私は構わずに続ける。
「まあ当然ですが初めは随分と抵抗していたそうですが、初めてのお客様が丁寧に調教して下さったとのことです。現在は昼夜の別無く、その手の行為に耽っているとのこと。あゝ、違いますね。熱心にお勤めを果たしているそうです」
「うわぁ」
レイコトエ嬢の耳を塞いでいる為に全て聞いてしまったダナイが嫌そうな呻き声を挙げたのであった。