序章でうだうだ遣ってたら結果が……これよ
ザザッと思い付きで書き始めた異世界転生。
どうやら遣っちまったようだ……
この手の感想を思い浮かべたのはいつ頃だったか……何度目の後悔だったか……。
現在、私はお城の一室で途方に暮れていた。
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物心がつく頃には、既に自分は何かがおかしいと思っていたのは憶えている。
その何かが何であるのか自覚したのが幼少期。不思議な記憶。知らない筈の知識。自分ではない自分。一言で言い表すと
--前世
私には前世の記憶がある。時は平成、日本人。あ、最期の頃は令和になってたわね。
けれども未だ幼少のみぎりにはぼんやりしていた私である。逆に言えばぼんやりできる余裕があった。と云うのも、私は庶民だからである。前世死ぬ前に読み漁っていた異世界転生物は、乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生して、バッドエンドを回避しようと奮闘する。多少の設定こそ違えど、大まかな大前提はこんなもんである。
だが! --私は一庶民‼️
そう、ここで重要なのは〈御令嬢〉というキーワード。私は一般人で令嬢ではない。特別裕福でもないが特別貧乏でもない一般人。貴族の養女にされるとかの心配もほぼ無い。世界情勢がキナ臭くて戦争の心配云々も無い。まあ、自然災害で環境がガラリと変わる可能性だけは残っているけど、現状これといった問題など無い。ブラボー庶民!
そんな風に思っていた時期が私にもありました。因みにこのフレーズも、この手の物語で覚えた言葉だったりする。あゝ現実逃避から帰ろう。
別に〈御令嬢〉でなければ問題の無い人生を送れるだろう、なんて考えていたわけではない。前世の記憶なんてハッキリしないし、元々前世で特殊な知識や技能を有していたわけでもないし。況してや物語のように世界の虎の巻が子細、事細かに頭にあるわけでなし。
何よりも此処は現実。
私にとっては今が今。
折に触れて顔を出す前世の記憶は、私なりの個性でしかない。思春期になる前に私は割り切った。
私は失念していたのだ。いや、甘く見ていたと言うべきか。私は世間一般的には、そこはかと無く、チート持ちであったらしい……。
そして……人生を変えるのは、歴史に残るような事柄ばかりではない事を……。
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この国の庶民は、七歳になる年から町の小学部に通う。成人とされる十六歳の前、だいたい十五歳で卒業。後は男女共に就職だ。
私も漏れ無く……多少は早まるかもしれないが、思春期真っ只中での就職になるのだろうと子供の頃は思っていたのだ。だが……
町の自警団に入っていた父が、私が十一歳の年に殺害された。加害者は貴族のボンボン。一度、大きな魔法を人に向けてみたかったそうだ。父はクズ貴族に狙われた老婆を庇い、鬼籍の人となった。そして事件は小さく報道されただけで、実質的には揉み消された。
身体は弱かったがしっかり者の母は自警団の力を借りて、加害者の家から多額の慰謝料をふんだくった。世間のやっかみをかわすため、慰謝料からそれなりの資金を割いて自警団の装備を整え直し、屯所の修繕までしてのけた。こちらは被害者遺族で、正当な権利で金銭を手にしたというのに、世間は我が家を--遺された母と私を泥棒よ詐欺師よと後ろ指を指すようになっていたのだ。変わらずに接してくれたのは父の仲間達--自警団のおじさん達と本職の仕事仲間、数少ない母の友人だけであった。因みに私は、友達だと思っていた人間は友達でも何でもなかったのだと思い知らされただけだった。世間とは世知辛いものである。
母は残ったお金で、郊外--城下町の塀の外側に土地を買い、家を建てた。庶民の母娘二人が暮らしていくには少し贅沢な、けれど可愛らしい一軒家。お庭に広がるのは花壇ではなく、畑。ぐるり家と畑を囲むように生け垣。この生け垣、棘々の薔薇である。消毒は大変だが、良い獣避けになるのだ。話を戻して、更に残ったお金と自警団から出た見舞金となけなしの貯金を叩いて、税金を五十年分前払いした。つまり、私の一生を考えてくれての事だろう。家賃を考えず潜って居られる場所があるのと無いのとでは人生大違いだ。本当にありがたい。証文もきちんと貰った。そして証文は私の裏技で隠してある。ついでにこの家の権利書も同様に保管した。
家が整い、畑にも野菜が実り、やっと一息吐けたと思った私の十三歳の誕生日目前。父が死んでから二年目、無理が祟ったのか、母が倒れた。
私は考えた。このまま就職するべきか、否か。
就職できれば現金収入がある程度は安定する。父の死後は、母のお針子の内職と、私のバイトで凌いで来たのだ。
母が倒れたのは引っ越しの心労も重なっての事かもしれない。父の一件で加害者宅は実に気前よく、速攻で慰謝料を払ってくれていた。その為に揉み消しも速やかに行われてしまったのだが。損して得取れとはこの事だろう。敵ながら天晴れ。閑話休題。
自警団に協力を仰ぎはしたが、慰謝料支払い迄の時間はあまりかかっていない。だが問題はこの後からだ。女が施主であるため不動産やら大工やらに甘く見られ、世間の悪評もあって少し梃子ずったのだ。実際のところ「自警団がこれ程心強いとは」と思ったのはこの辺りだろう。本来なら半年程度で何とかなる筈だった我が家が形になったのは、一年近くも経ってからだった。母は私というお荷物を抱えた状態で倍の時間を苦労したのだ。
正直、迷う。
私のチートで稼いだお金で、お医者には診てもらえる。と言うか、私のチートで母をある程度は治療できる。けれど、ある程度はあくまである程度でしかないのだ。
効率が悪過ぎる。
しかも世間にバレるのは避けたい。……既にバレているのかもしれないけれど。
就職できれば一定の安定収入。そのかわり、母と過ごす時間が減る。今の母は体調が悪い。あまり離れたくない。私にはチートがあるから、尚更甘い考えになっているのかもしれない。そもそも就職以外に何があると云うのか……!
学校の先生方は学園--王公貴族や大富豪が通う上の学校へ進学しろと言う。私の学力と魔力ならば学費全額免除の特待生を狙えるらしい。普段は私への嫌味を欠かさない教師達も、事、進学だの学力だのの問題になると本分を思い出すらしい。人間関係を眼中に入れないで過ごせるのなら、美味しい話ではある。働きに出るよりも時間と体力に余裕はできるだろうから。だが、学園の中に私の居場所は無いだろうとも思われる。
「もっと勉強したいんでしょう?」
突然の母の指摘に私は面食らう。
話し合うに、色好い返事をしない私に焦れた教師が、母にチクりやがったらしい……! ついでをいうと、そこから話は我が家に好意的な人達に広まり、私は行け行けと背中を突つかれている。
でも……良いのかな……?
だって勉強と云うのは贅沢なのだ。
いやいや待て待て私! 私のようなヘタレが学園内の面倒臭い人間関係を泳ぎ切れるとは到底思えないからっ!
うだうだ私が悩んでいたのを女神様が見咎めるか何かしたのだろうか?
学校の帰りの事だ。
魔物討伐からの帰りだろう、あからさまな団体様に遭遇した。たまにある事だ。お城の騎士様だったり冒険者だったり、その時々で違うものの、討伐部隊との遭遇その物は間々ある事だったりする。
今回の討伐部隊はどちらかしら?
鎧はボロボロ。隊員の騎乗しているスレイプニルもクタクタ。ちょっと判別がつかない。私はまだ十三歳で、こういう荒々しい方々とのご縁は無い。父が所属していた自警団とは次元が違う。
そんな事を呑気に考えていたのがいけなかったのだろう。
隊列の真ん中辺りをトロトロ進んでいた馬車が俄に騒がしくなり出した。馬車は所謂幌馬車だ。騒がしくなったということは、たぶん荷物用の馬車ではない。馬車の騒ぎが前後に広がり、隊列が少し乱れる。騒ぎが徐々に大きくなりながら近付いて来る。逝くなとか、脚を高くしろだとか……。
私は見て見ぬふりができずに飛び出していた。幌馬車の横でスレイプニルを進めていた人に危ないと注意されたけど、耳には入っていたけど頭には入らず無理矢理馬車に乗り込んだ。途端にむっと鼻につく血や体臭の臭い。我に返ったものの、降りようとも思わなかった。父の事が頭を過ったのだ。父は即死ではなかった。腕の良い癒し手が居れば助かったと言われた。どうして私はその時その場に居なかったのだろう。どうしようもない事を何度考えたか分からない。けれど今私はここに居る。今この時この人を見捨てるのは人殺しに等しいのではないだろうか? 強迫観念が私を強請る。
私は気が付くとチートを発揮していた。呪文も媒体も何も無いまま、癒しの力を存分に撒き散らしてしまったのである。
やらかしてしまったと焦ったものの、もう遅い。周りに何を聴かれても答えぬままに逃げ出した。走っている馬車から飛び降りた為に、派手にスッ転ぶ。案の定、捕獲されて連行されて……黙秘を通したが学校帰りだったため持ち物から身元が割れて、その間にお城で魔力検査なんかをされたりして……チートの幾つかがバレた。
私の近々の未来が強制的に決まった。
学園至き。
ここに到って私は自分が転生者である事情を思い出した。
身分の低い少女がチート能力に目覚めて、王公貴族に混じって学園生活を送る事になる。
……それってヒロインとか呼ばれる悪役ポジじゃありませんでしたっけ?
え? ちょっと待って! マジ待ってください!!
これって死ぬ前に流行ってたのか何なのかの、異世界転生ってヤツですか?!
今更だけど、転生者って自覚はあったけど!!
悪役ポジ·ヒロインなんて聞いてないヨおぉォォ!!
主人公の名前さえ決まっていません。トホホ(;´д`)