ドール
「1つ、2つ、3つ……」
「わぁ。こんなに沢山集まったんだね。」
キャンドルの灯がゆらめいている。息を優しくすうっと吸い込む。鼻腔にどこか懐かしくて甘い、ハーブのような香りが満ちる。心が解されていくのを五感で感じる。
ボクはこの部屋に時々訪れ、癒しの時を過ごし至福を味わう。
「綺麗だ。」
ため息混じりに呟く。
古ぼけた鏡にボクがうつる。頬は少し赤らみ、瞳にはキャンドルの灯が反射し潤んでいる。小さな口元は綻びどこか妖艶で、けれど幼さが残っている。
「そろそろいくね。また、会いに来るから。寂しくなんかないよ?大丈夫。」
重く錆び付いたドアをゆっくりと開ける。外から生暖かい春の始めのような風が入ってくる。ボクは部屋の中を振り向き、微笑む。ギィーっと音を立てるドアをそっと閉め、外へ出る階段を昇っていく。
「ただいま。」
「…」
鍵を開け部屋に入る。誰も応えない。
少し冷たく、暗いダイニング。
テーブルには、朝食を食べたお皿がそのまま置いてある。今朝家を出る時と同じまま。床にはパンくずが落ちている。足でふむと、カサカサと音を立てる。
ボクはキッチンの流しに食器を運ぶ。ピチャッ…ピチャッ…と、滴が垂れる蛇口をキュッとしめる。
「寂しい。」
ボクの心にふっと現れる。ソレは手のひらに乗るくらい小さく、可愛い顔をしている。言葉は発さず、まつ毛の長いグリーンががった大きな瞳をこちらに向けている。笑っているようにも見えるが、どこか悲しそうにも見える。
「ふぅっ。」と息をつき、2階へ上がる。ソレもボクの心の中に着いてくる。というか、必死でしがみついている。ボクはソレを気にもとめず、今日の宿題を始める。
気づくと辺りは暗く、ボクはベットに横たわっていた。少しの間眠ってしまったようだ。1階のキッチンから夕食を作る音が聞こえてくる。
「ダンダンダンダン!!」
今日も…か。胸がキュッと掴まれる。時計を見ると、20時を過ぎていた。
ゆっくりと階段を降り、ダイニングへ向かう。暖かい夕食の匂いがする。
「おかえり。」
ジュージューと音を立てるフライパン。ガチャガチャと慌ただしく夕食が用意される。
ボクは席につき「いただきます。」と、食べ始める。リビングから、お笑い番組の声が聞こえてくる。時々テレビの方を見ながらもくもくと夕食を食べる。
食べながらテレビを見るふりをして、チラっと顔色を伺う。今日も疲れた顔をして、どこかちょっとでも触れると、爆発しそうな気配を勝手に感じてしまう。
また胸がキュッと掴まれる。
「ごちそうさまでした。」
部屋にこもり、深夜ラジオを聞きながら勉強の続きをする。
ふと机の角に目をやると、ソレが隠れるようにしてこちらを見ている。
「なんだよ。」
ボクは苛立ちを覚えた。
ソレは怯えるように身を隠しながら、ボクをじっと見据えている。
衝動的に手を伸ばし、ソレの白く細い頸を摘む。グリーンがかった目が微動だにせず、ボクの欲望をじわじわと締め付ける。
気づくとソレは動かなくなっていた。死んだのか?いや、ボクが…?
睫毛の長いグリーンがかった瞳はこちらを見ている。とても美しい。ボクはそっとソレを手のひらに包み込み胸に抱く。
「あたたかい…」
不思議と癒されている自分がそこにはいた。
それからというもの、胸がキュッとする度にソレがボクの前に現れるようになった。
いつも睫毛の長いグリーンがかった瞳が、ボクを見ている。ボクがソレに手をかける。ソレは胸の中の黒いものを浄化してくれる。ボクはいつも心地良い気分でいた。そして、ソレを胸に抱いた後は必ずボクは癒されていた。救われていた。
ソレはボクの大切なコレクションになった。
ソレはボクの心の中の地下室で、仲間が来るのを待っている。ボクがまた1人、2人とソレを地下室の部屋に並べていく。
目が覚める。ここはボクの部屋だ。涙で顔と枕が濡れている。嗚咽するほどボクは泣いていたんだ。
時計を見る。時刻は20時。
1階から、夕食を作る音が聞こえる。
「あれ?夢…だったのか?」
お腹がぐーっと鳴り、1階からボクを呼ぶ声が聞こえる。
「ご飯よ。おりてらっしゃい」
ダイニングへ向かう。暖かい夕食と、暖かい笑顔がそこにはある。
「今日は学校どうだった?」
あぁ。何気ない会話がくすぐったくて、とっても嬉しいんだ。
おかしいな…。やはりこれが夢なのか、ただの欲望なのかボクもわからない。
階段を降り、地下室の部屋へ入る。
ほら、こんなに沢山。ボクの大切な欲望たち。
無理して晒すことないんだよ。だって、こんなに美しいんだよ。何も辛くない、苦しくもない。むしろ高揚感でいっぱいなんだ。やっぱりそうだったんだね。ボクは間違っていなかった。ボクはなれたんだ。もう何も怖くない。ここに来ればとても幸せなんだ。
ボクは手に入れた。ボクを活かしてくれる、美しい欲望という名のドール達を。
とても幸せだった。ずっと地下室にいたいと思った。この子達が居てくれたら、本当の自分を殺してもいいと思った。それでいい。いいんだ。と、心に言い聞かせた。それが正解だと確信して満足していた。
寂しくなんかない。そう。ここに来れば本当のボクに会えるから。