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八竜国物語シリーズ(短編)

忘却されし手負いの太陽に大地の女王は溺れる

 本編完結ずみの「記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士」の後日談4です。

 初見の方でも読めるようにしています。


 ティエラは17歳、国の女王様。

 ソルは22歳、ティエラの幼馴染で護衛騎士、今は二人は恋人同士。

 名前だけ出てくるルーナは、ティエラの元婚約者。

 セリニはルーナの従兄弟になります。




 十七の誕生日を無事に迎え、オルビス・クラシオン王国の女王となったティエラは、今日もまた彼女の執務室で仕事をしている最中だった。

 今日の彼女は、腰まで届く艶やかな亜麻色の長い髪をハーフアップにしてまとめている。窓から差す太陽の光を浴びて、彼女の瞳の色と同様に髪は金に煌めいていた。


 ティエラは机の上の山のような書類の隙間から顔をのぞかせながら、自身の護衛騎士であり恋人でもあるソル・ソラーレの姿を見る。彼は、燃えるように紅い髪に新緑を思わせる碧の瞳を持った青年だ。

 ティエラは、辺境における隣国との小競り合いに関しての報告をソルから受けた後に、現在の悩みの種について相談することにした。


 その悩みの種と言うのが……。


「あんたに俺以外の男との縁談話? しかも相手はセリニ?」


 ティエラより五歳上で、幼馴染でもあるソル。彼の口調は、二大筆頭貴族である公爵家の一員とは到底思えない位、粗雑である。他の人々の前では礼節をわきまえているとは言え、たまたまティエラへの話し方を聞いてしまった人々は、彼の女王への気安さに驚いてしまう。中には不敬だと怒る人物もいる。


「そうなのよ。今までルーナ――というよりも玉の一族セレーネ家に従って発言権を得ていた貴族たちが、同じ玉の一族のセリニさんに婚約者を変更したら良いって。……少し対応が面倒なのよね……」


 ルーナというのは、ティエラの元々婚約者だった人物だ。白金色の髪に蒼い瞳、中性的な美しさを持ち、若男女問わず人々を魅了していた。彼は、オルビス・クラシオン王国の宰相の地位まで持っていたが、先の竜との戦闘で行方不明になっていた。


「ルーナがいないから、独身のセリニに話がまわったってことか」


 オルビス・クラシオン王国において、王・宰相・騎士団長の位は、鏡の一族・玉の一族・剣の一族による世襲制になっている。

 ルーナが不在になったため、次の宰相の地位に抜擢されたのが、ルーナの従兄弟であるセリニ・セレーネだった。本当はセリニの父親に宰相位の話があったのだが、息子に任せてほしいと断ったため、セリニが就くことになった経緯がある。

 ちなみにセリニは、ルーナと同じ白金色の髪を持っているが、瞳は紅玉のような色をしている。その容姿は少年とも青年ともつかない見た目をしている。だが実際は、ティエラよりも二十近く年上のはずだ。知らない貴族も多いのではないだろうか……。


 ティエラとは机をはさんで向かい側に座るソルが、いつもの癖でため息をついた。


「ったく、貴族の連中は相変わらず、自分の地位や名誉のことしか考えてないな……まあ、相手がセリニなら断るだろうから安心だが……あ、いや、やっぱり……」


 ソルは、自分も貴族だと分かっているのかいないのかよく分からないような発言をしている。

 そんな彼を見て、ティエラはくすりと笑った。

 彼女は、彼のこういう身分などはあまり気にしないところを好ましいと思っている。


 そうして、ティエラがぽつりと呟いた。


「私達に子どもでも出来たら、貴族達も静かになるかしら?」


「……は?」


 彼女の発言に、ソルは目を丸くしていた。

同時に、彼の耳だけが赤くなっている。照れた時、彼は器用に耳だけ赤くなる。


 ソルがティエラのいる机へと近づき、書類を一瞥する。


「まあ、なんだ、それはともかく……ただでさえ、お前の仕事量が多くて、なかなか一緒に過ごす時間が減っているのに、貴族達は余分な気を遣わせてくるな……」


「貴方、私の護衛騎士なんだから、一緒には過ごしているじゃない」


 ソルのぼやきにティエラが答えると、再度ソルがため息をついた。


「いや、まあそうなんだが、そうじゃなくて……」


 なんだかソルの歯切れが悪い。書類の隙間から、ティエラはソルの碧の瞳を覗きこもうとした。


 その時――。


「っつ……」


 ソルが小さく声を上げた。 


「どうしたの?」


「ああ、書類を取ろうとしたんだが……」


 何事かと思ったが、ソルがたまたま近くにあった書類に手を伸ばし、紙で手を切ったようだった。

 ティエラは椅子から立ち上がり、ソルの方へと近づいた。

 彼の右手の人差し指に、ぷくりと小さな血の珠が出来ていた。

 ティエラは両手で、ソルの右手を取る。彼の手を、彼女は顔の近くに持っていったかと思うと、そのまま彼の長い指を口に咥えた。そのまま指にある血を吸う。


「あんた、何やって……」


 ソルの血を少し吸った後、しばらくしてから、ティエラは口から彼の指を離した。

 彼の耳は赤いままだ。


「……? 昔、貴方がこうしてくれたじゃない」


「ああ、そんな昔のこと、よく覚えていたな……」


 五年近く前の話だ。

 ティエラが裁縫をして、指を針で刺したことがある。その際に、彼がティエラに同じことをしてきた。その時、ソルはわりと平然としていたのだが……。


(逆だと、恥ずかしいのかしら?)


 照れているソルを見ていると、なんだか昔のことが懐かしく感じた。

 

 あの頃の彼は、まだ戦地には向かってはいなかった。


 国に伝わる神剣の守護者である彼は、前線に立ち、数多くの人々を殺めてしまっている。また、彼を生き延びらせるために、多くの命が犠牲になった経緯もある。

 優しい彼には負担が大きかったのか、心の傷は深く残り、今もまだ夜になると悪夢や発作に悩まされることがある。


(ソルの心が癒えるまでには、まだ時間が必要よね……)


 ソルの右手を両手で持ったまま、ティエラがそんなことを思っていると、ソルの左手がティエラの顔に伸びた。

 彼女の頬にかかる亜麻色の髪を払われたかと思うと、そのまま彼の顔が近づいてくる。そのまま彼女に口づけが落ちる。

 唇を開かれ、何度か口づけを交わした後、彼の唇が離れた。


「……今はまだ、仕事中よ……」


 ティエラがソルにそう告げると、ティエラの眼前で彼は悪戯っぽく笑う。

 彼の碧の瞳が、いつもより輝いて見える。


(こういう顔の時のソルは、絶対悪いことを考えてる……)


 ティエラの勘は、果たして的中した。


「さっき、あんた、自分で何言ったか覚えてるか?」


「何って……」


 ティエラは、自身の発言を振り返る。


(ま、まさか……)


『私達に子どもでも出来たら、貴族達も静かになるかしら?』


 自分の発言を、今更ティエラは後悔し始めた。

 慌てふためき、ティエラはソルに反論する。


「さ、さっきのは、言葉のあやで……」


 ティエラがじりじりと後じさりする。


「言葉のあや、か……」


 ティエラの腰が執務机に当たる。左右に逃げようとしたが、彼女を覆うようにしてソルが机に両手を置いてしまった。


(逃げ場を失った……)

 

 ティエラは、声を上ずらせながら、ソルに伝える。


「ソル、こういうことは、仕事が終わってから……」


「あんたの言う、こういうのって、何だ?」


「こ、こういうのと言うのは――」


 彼女が答える前に、また彼女の唇は彼の唇で塞がれてしまった。

 何度か口づけを繰り返す。


「別の男にあんたを持っていかれないか、心配なんだ」


 懇願するような彼の言い方に、ティエラの心臓が早くなっていく。


 ティエラは、彼を安心させるようにソルの背に手を回した。


「……ソル、大丈夫よ、私はずっと、貴方と一緒にいるから……」


 そばから誰かがいなくなる恐怖がまだあるのかもしれない。

 しかも、もう一年ほど前になるが、ティエラは記憶を失うとともに、ソルのことを忘却してしまった経緯がある。

 今はティエラは記憶を取り戻している。

 だが、ティエラはソルを恋人だと忘れてしまい、婚約者のルーナの元でしばらく過ごしていた。その時のソルの心中を思うと、ティエラは胸がしめつけられるように苦しくなる。


 そうしてまた、ティエラは黙ってソルの口づけを受け入れる。先程までよりも長い時間、彼に唇を預けた。


 互いの吐く息が、ゆっくりと溶けていく。


 お互いの唇が離れた時に、ソルが口を開いた。


「あんたが欲しくてたまらない」


 吐息と共に話す彼の言葉に、ティエラの頭の芯がくらくらしてくる。


 執務のことを忘れて、ソルの甘さにティエラは溺れてしまいそうになる。

 また唇が離れた時に、ティエラは彼の名を呼ぼうとする。


 その時――。



「二人とも、今は仕事中ではないのか?」


 

 ティエラとソルの二人しかいないはずの空間に、咳払いとともに、別の男の声が響いた。

 はっとして、声のした扉の方へと視線をやると――。 



「いつも言っているが、ノックはしている」



――立っていたのは、白金色の髪に紅い瞳の青年セリニだった。


 ソルは憮然とした表情で、扉の前にいるセリニを見た。

 ソルとは対照的に、ティエラの顔は一気に紅潮していく。ソルの身体を押しのけて、ティエラはセリニに早口で話し掛けた。


「セリニさん、一体いつからそこに……!?」


「……そんなには見ていないので、ご安心を」


 セリニの歯切れの悪い回答に、ティエラはますます決まりが悪くなり、首まで真っ赤になってしまった。

 そんなセリニに対して、ソルはため息をついた後に、ぽつりと呟いた。


「セリニ、お前、相変わらず空気読まないのな……」


 ソルにそう言われたセリニのこめかみに青筋が浮いているのが、ティエラの金の瞳に映る。


(あ、まずい、これは……)



「ソル! お前こそ、ちゃんと仕事をせんか!!!」



 ソルに対して、セリニの雷が落ちた。


 ソルはうるさそうにした後、ティエラに向き直る。

 彼は、彼女の耳元でそっと囁いた。


 また夜に、と……。



「ソル、話を聞いているのか?! お前は、魔術を教えている頃からそうだった……!」


 

 ソルの態度に、セリニが憤慨した。


 この後、ティエラとソルの二人は、長時間、セリニにこっぴどく叱られてしまった。


 その結果、執務の時間が長引いてしまい、結果的に夜に過ごす時間が減ってしまったのだった。


 



 

 この後日談4につきまして、「癒し姫」本編の方には加筆修正をおこない、来週頃再掲する予定です。

 また、婚約話の解決編は、「癒し姫」にこの話の続きとして数話連載していく予定です。

 この短編をお読みになり、本編や後日談1~3にも興味が沸かれた方は、ぜひ「癒し姫」をお読みください。


 また、良ければ、ブクマや☆評価してくださいましたら、作者の励みになります。

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