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if.  作者: トミネ
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ミエヌヤイバ

「…元に、戻ってしまったのね」

「ああ、三年間は穏やかであったのに…せめてこれからは、落ち着いてくれていればいいが…」

「彼にまた迷惑を掛けてしまうわ…」

「いっそのこと、ルシィと…」

「けれどそんな事をしたら、あの子はまた癇癪を起こしかねないわ!」


 とか。


「お姉様が昔の様になってしまったなんて…せっかく良い関係を築けて来たのに…」

「ルシィ、僕も残念でならないよ」

「でもお兄様、また()に戻る可能性は無いのかしら」

「難しいだろう…今のケイトが本来の姿なんだから」

「でも!三年間だって嘘じゃ無いわ!本当は優しい方なのよ!」

「僕もそうであって欲しいと思っているよ…」


 とか。


「レイヴ、お前の婚約者が三年前の姿に戻ったって?」

「ああ…愛していた彼女が消えてしまった…」

「愛していた彼女って言っても…同じ婚約者だろう」

「…中身が違う。確かに見目は昔から美しい部類なのだろうとは思っていたが、()()だったから触れたいと思った。一緒に歩みたいと思ったんだ。愛おしいと、思ったんだ…」

「それは…確かに()()は素晴らしかったけど…これからどうするんだ?」

「分からない。未だ、心の整理がついていないんだ…」


 とか。


「優しいお嬢様は何処へ行ってしまったのでしょうか…」

「またちょっとした事で文句を言われる日々が戻ってきたってことだものね…」

「気分で怒られるのはもう嫌よ!」

「旦那様達はどうするつもりなのかしら…」


 とか。

 他にも色々あるけれど。気付いた時、おかしいとは思っていた。私にした事がない表情を浮かべる両親や使用人、そして嫌われていたはずの彼や周りの人間が心配そうにしてくる姿なんて、あり得ないから。どうしたのかと聞けば、私は三年前、階段から落ちたのだと言う。そしてそれまで我儘で自分本位で、癇癪を直ぐに起こすヒステリックな性格はなりを潜め、とても穏やかで優しく、素直で可愛らしいお嬢様になったのだとか。それを喜んだ周りの人間達は、今迄嫌悪感しかなかった私ととても良好な関係を築いていたらしい。しかし、突然頭が痛いと言い出し、丸々三日間目を覚まさなかった。そして目を覚ましたと思ったら、性格は元に戻っていた。その事に、盛大なショックを受けていらっしゃるらしい。

 だが、ショックなら私の方が受けている。

 私は毎日では無いけれど、何か印象的な事があった時、日記を書いていた。それを()()()()()は見つけ、書き残していた。()()()であるかを。

 私の母は、私が生まれて直ぐ亡くなった。後妻として今の母親がやって来たが、彼女には既に私の一つ上の男の子供が居た。そして私が生まれた約一年後、妹を生んだ。しかも、兄も父の子だった。父は身体の弱い母と幼馴染同士だった。母はあまり長くいられないだろうと言われており、結婚など無理だとも言われていたそうだ。だが、父は自分と結婚したらいいと言ったそうだ。元々父に恋心を抱いていた母は、当初は断ったと言う。好きな人に辛い思いをさせたくないと考え、自分の様に未来が無い人間に連れ添う必要はない、と。しかし父は母を説得し、結婚したと言う。だが、現実は残酷だった。父は偶々街で食堂で働く今の母親と出会い、恋をしたのだ。そして一夜を過ごし、そこで兄が宿った。母はそれを知っていた。知っていて、自分が長く無い事、子供が産めるかすら分からないからと、何も言わなかったそうだ。そして幸か不幸か母も私を妊娠し、自分の命と引き換えに産み落とした。私を身ごもっていた頃、母は父に手紙を書き残していた。自分の様な人間を、同情からでも引き取ってくれた事への感謝。そして私という存在を自分に与えてくれた事への感謝。最後に、自分が死んで自由になったら、愛する人を迎えて幸せになって欲しいと言う願いを。その手紙を母が死んで読んだ父は、泣きながら崩れ落ち、母の亡骸に縋ろうとした。しかしそれを大泣きした私が邪魔をしたらしい。まるで触るなと言う様に、誰があやしても泣き止まなかったそうだ。

 母が死んで直ぐ、周りの勧めもあり、父は今の母親を後妻として据えた。兄が居ると言うこともあって、少しでも早く貴族として、跡取りとして育てたほうがいいだろうという事だった。母親の方も、父方の祖父母が貴族に育て上げる手伝いを買って出た。そして間も無く、今の母親の妊娠が発覚する。妊娠中も出来る限りの教育を母親は受けていた。そして産んでからも。兄は後継としての教育を、母親と私と妹には貴族令嬢としての在り方を、父方の祖父母含め、家庭教師なども付けられ学ばさせられた。しかし、基本的に、誰もが私に甘かった。

 母が自分の命と引き換えに産み落とした子。その母を裏切った父は、ずっとその後ろめたさがあった。そして今の母親も。そのせいで母の面影がある私には、強く出られなかったのだ。ああ、この人達は私の言うことを聞く人なんだと、子供は直ぐに理解する。祖父母や家庭教師は多少怒るが、祖父母ですら後ろめたさがあるせいで、兄や妹に比べたら大分優しい怒り方だったし、家庭教師も私が癇癪を起こせば慌てて謝る。そうこうしている内に、()と言う人間は出来上がった。そしてその頃には婚約者も決まっていた。母方の祖父母が決めたものだった。だから我が家は誰も何も言えなかったし、婚約者の家も政略的な面で利害一致していた事、大人になればマシになるだろうという観点から、特に何の問題もなく結ばれた物だった。しかし、私の性格は治らなかった。寧ろ悪化の一途を辿り、遂には誰も周りに居なくなっていた。

 そしてあの日、今後の事について話そうと、私は彼に話し掛けた。けれど私を嫌っている彼に振り払われた手に押され、バランスを崩し、後ろに倒れた。丁度そこには机があり、頭を強打。血も流れ、意識も飛んだ。流石に焦った彼は慌てて医者を呼んだらしいが、その時も三日間目を覚まさなかったそうだ。そして、目を覚ました私は、()()()()()()()()()()()となっていた。


【これが物語の粗筋で、このままだと私は死んでしまう未来しか無い悪役令嬢。だから未来を変える、変えてみせる。私は死にたく無い。せっかく思い出したのだから、今からだって遅くは無いはず。生い立ちは確かに可哀想だけど、だからって我儘や癇癪は駄目だわ、私。人の弱味に付け込んでる事を私は思い出したのだし、婚約者と結婚解消してでも良いから、せめて生き残る術を見つけなきゃ。】


 そして()()()()()()()()三年間が始まる。やる事リストと書かれた内容は、とにかく我儘をやめ、感謝をし、謝罪をし、心を入れ替えた事を分かってもらう事。使用人に感謝をしたら驚かれた事、父と母親に幸せになって欲しいと言ったら泣かれた事。兄と妹にも我儘を謝って関係を一からやり直した事。彼にも怪我の事を機にする事なく、婚約を好きな時に解消して構わないと言った事。勉強や他の習い事も真面目に受ける様にした事。それによって人間関係が改善された事、何故か彼が婚約解消をしないと言ってきた事、そしてキスされた事。それが嬉しいと、書かれていた。


「冗談じゃ無いわよ」


 私の三年間を勝手に過ごし、滅茶苦茶にして、壊しただけじゃないか。私に入り込んだ()()が、私として過ごしただけ。悪役令嬢として死ぬ未来?上等よ。私はこの気持ち悪い誰かが入り込む前、彼に婚約を破棄する様に伝えるつもりだった。過去の日記の内容を読んでいるはずなのに、何も思わなかったのだろうか。私が何を考え、感じ、やろうとしていたのかを。まぁ、別人なのだから分からなくて当然ではあるけれど。確かに()として生きて行くことになった他人ならば、その()が死ぬ未来しか無いと知っているならば、死にたく無いと願うのかもしれない。だが、()は私のものだ。三年間も、誰の許しを得て使っていたのか知らないが、私は許した覚えすらない。嘆くなら嘆けば良い。この世界の誰もが、気持ちの悪い三年間の私が、()()()()()()姿()と言うなら、今の私はこの世界に居てはいけないという事なのでしょう。


「望み通りにしてやるわよ」


 私は日記帳を片手に、部屋を出た。目指すのは父の部屋。おそらくこの時間は、兄も一緒に居るはずだ。


「失礼致します」


 ノックもせずに中に入ると、案の定二人と長年の我が家に使える年配の執事が居た。


「お前っ!ノックを…」

「散々私に煩いなんだと言うくせに、今はお兄様の方が騒がしいわ。ねえ、お父様。庶民の血を引くこの人が、私の兄である事実が恥ずかしいので、今すぐ母親ともう一人の娘共々追い出してくださらない?」

「なっ!?」

「何を馬鹿な!!」

「あー煩い。出来ないと仰るの?ああでも、お母様を苦しめておきながら、のうのうと他に愛するとか宣う女を作って乳繰り合って出来た輝ける我が家の跡取り様だから、愛着があって仕方ないのかしら。そんなのと半分でも血が繋がっていると思うと反吐が出そうになる私の身にもなって欲しいわ。いつから我が家は貴族とは名ばかりの存在に成り下がったのかしら」


 残念だが、口で私に勝とうと思わないでもらいたい。


「お前、なんて事をっ!」

()()()()()によれば、私の生い立ちは哀れではあるけれど、だからといって我儘では駄目なのですって」

「は…?」

「………何?」

「貴方方が恋しがっている、自分達に都合のいい優しくて、従順で、素直な()()()()()は、気持ち悪い事に、私の中に入り込んだ第三者。記憶喪失の私ではなく、全く違う人間だったという事よ。頭悪いわね」


 そう言って日記帳を床に投げ捨てた。もう必要の無い日記帳。誰のか知らないけれど、目に付いて、そこから気が向いた時、何か印象深い出来事が起こるたびに、何気無く書き込んでいた日記帳。でも、三年間の間にそれは私の物ではなくなってしまった。だからもう要らない。


「同情心に溢れ、下半身と欲望に忠実で自分の幸せしか考えられないお父様。そしてその血を受け継ぎ、本来得る事が出来ない程の金と権力を手に入れた癖に、貴族としての矜持が有ると思えない低能なお兄様。お母様も貴族という身分には不釣合いな程垢抜けず野暮ったく、我が家の社交を担うこともろくに出来ない。妹も更に上の身分と暮らしを得られる権利を手に入れたにも拘らず、馬鹿で脳がお花畑で出来ている。私の命と引き換えに死んだ、お母様のお陰で得た物がこんなゴミとは。安心なさって下さいな、私の婚約者としていらっしゃる方には、早々に庶民の血が入る妹へ婚約を移行する様伝え、お爺様とお祖母様にもご納得頂く様、お伝えしますわ。それが卑しい貴方方のお望みでしょう?」


 お前達は誰も、母方の祖父母に頭が上がらない上に何も言えないからな。そう思いを込めて嘲笑ってやる。まぁ、祖父母が納得するか否かは別だがな。あと、彼の両親が。

 悔しげに顔をしかめ、歯を食いしばり、手を握り締める父や兄の様子などどうだって良い。だって私は心の底から、お前らが嫌いなのだから。嫌い?ああ、違う殺してやりたいほど憎んでいる。私なんかを、母に与え、希望を抱かせておきながらコソコソと卑怯で卑しい人間なんぞ反吐がでる。だったら最初から手を出すな。母はお前らが思うよりもずっと尊い存在だったのだ。私なんかと交換をしてまで、失って良い人では無かったのだ。


「では、失礼致します」

「え、ま、待ちなさい!ケイト!!」

「っ!?呼ぶな!!貴様らに気安く呼ばれる名など無いわ!!」

「っ!?」


 そう、私だって誰彼構わず我儘であったわけじゃない。私に私としての在り方を教えてくれた人達には、その人達の為に尽くす事だってあったし、恩返しをしようとも考えた。それが彼との婚約だったのだから。でも、きっともうそれすら無理だ。三年間の私曰く、死ぬ運命しかないらしいから。死ぬ事は構わない。早く母の元へ行きたいと思うし。でも、それを言うと母が天国で泣いてしまう気がする。だから、自死はしない。事故なのか誰かの手によるのか、はたまた病死なのかは知らない。そのどれかであれば良い。私が死んで、それを誰がどう思うのかなんてどうだっていい。父達からすれば、清々する以外にないだろう、厄介な存在が消えるのだから。でも、捨ててきた日記帳を読んで、何を思うだろうか。気持ち悪い三年間の私の書いた内容、そして私の過去書いた物。私の目的は、アイツらに少しでも一生消えない傷を、母にした仕打ちを刻み込みたいだけ。私自身の事ではない。母は望んでいないだろうが、私の問題なのだ。

 さて、次は彼だ。実際彼には恨みはない。寧ろ哀れだと思う。ずっと嫌いであったらこんな事にならなかったのに、三年間の私に振り回され、三年間の私に恋をしたのだから。だからせめてものお詫びだ。なぜ私が尻拭いしなければならないのかとも思うが、どの道言おうとした事だ。


「速やかに私との婚約を解消、そして望むのであれば妹との婚約締結を、と」


 部屋に戻り、そうしたためた手紙を準備しよう。お前が恋した気持ち悪い相手は、どうあがいてももうやって来ない。もしかしたら別の誰かに入り込んでいるかもしれないよ、と。ああでも、もしかしたら私が死んだら、また入り込んで復活するかもしれない。それを書いておこうか。それとも全く別の事を書いてやろうか。

 私の運命は変わってしまっただろう、気持ち悪い人が入り込み、三年間という期間を変えてしまったのだから。つまり、死に方が変わってしまった可能性が高い。彼が殺しに来る?そうなれば、それはそれで、相手の家にお爺様やお祖母様が強く出れる事になるから美味しいかもしれない。でも、私は此処を出て行く事は前から決めていたし…本当に何で書こうか。悩んでいる暇など無いというのに困った。でも。


「悪役令嬢?それが何。死ぬ運命?だから何。私は私、誰かが使った身体(お古)なんか要らない。我儘で自分本位で傲慢で直ぐに癇癪を起こす。それがお母様が産んでくれた私なのよ。それを認めぬ世界なんか、こっちから願い下げだわ」

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