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【下】

 翌日、あの浦島という人間は図々しくもここに居座ることにしたらしい。ふざけるな。


 また翌日。あの浦島は観光に出かけた。そのままクソカメと一緒にどこか遠くへ流されてしまえ、と思ったが、夕食時になると帰ってきた。その姿を見て舌打ちをしたくなったのは、おそらく私だけじゃないはず。


 また翌日。今日も観光に出かけた。どうせ帰ってくるのだろうな、と思っていると案の定帰ってきた。帰省本能はちゃんとあるのか、クソカメと罵ってやりたくなった。


 また翌日。浦島が『今日は帰ろうかな』と言い出した。これはチャンスだ。私は部屋の外から様子を伺った。しかし、クソカメが『大丈夫だよ。ここでもう少し遊んでいこうよ』と引き留めた。引き留める方にもイラついたが、それで自分の言葉をひっくり返した浦島にも腹が立った。帰る気なんてさらさらなかっただろ!と大声で怒鳴りたくなったが、そこは我慢した。


 またまた。毎日踊り子を稼働させ、料理も豪勢にふるまっているおかげでかなり竜宮はピンチだ。そろそろ帰ってくれないと従業員を養えなくなる。そう思っていたところで浦島がまたも『帰ろうかな』と言い出した。


 なぜこのタイミングなんだ、と聞きたい。私がいないときにその言葉を発してほしかった。


「乙姫さん、別に浦島さんは迷惑じゃないですよね?」


 迷惑だよ、思いっきり。お前、この食事と踊り子の給与はどこから出てると思っているんだ?一銭も支払わないこの男は誰がどう見ても邪魔だろうが!


 と言いたくなったけど、それを言ってしまうわけにはいかない。そして、グズカメの言葉を否定するわけにもいかない。


「ええ。迷惑なんてことはありませんよ。どうぞ気が済むまで」


 言いたくもないが、客相手に出ていけなど言えない。客商売の辛いところだ。


 私は部屋を出て、大きく嘆息した。


 そんなゴミカメとやり取りをしてから一週間が経過した。そして、ようやく浦島という堕落した人間は帰ると決意したらしい。


 クソバカノロマスカンピンカメの引き留めも空しく、浦島はロビーに立っている。


「またいらしてくださいね」


 心にもないことを告げて浦島に頭を下げる。そして、一つの細工がなされた玉手箱を渡す。


「これは決して開けてはなりません。良いですか、決してですよ」


 私はそう言って浦島に玉手箱を渡した。人間なんて馬鹿なんだから、開けるなと言われれば開けてしまいたくなるだろう。それに、向こうの世界では時間がかなり経過している。絶対に開けたくなるに違いない。


 開けてくれれば私的にもハッピーだ。寿命を縮めてやるのだ、ざまぁみろだ。


 ニヤニヤとした悪い笑みを浮かべそうになるのを必死に抑えて、穏やかで少し寂し気な笑みを浮かべる。


「それではカメよ、浦島さんを地上に送って差し上げなさい」


「はい、わかりました」


 そうして、二人は竜宮城を後にしました。


 それを見送った私は、足早にバックヤードに戻り、従業員たちに報告しました。


「やっと、帰ったぞー!」


「「「「うおぉおおおお、やったああああ」」」」


 あのニートがようやくこの竜宮城から立ち去ったのだ。喜ばないはずがない。ここの従業員は全員あのニートとクソカメにより迷惑を受けたのだ。その脅威が立ち去ったというのは歓喜に値する。


 そうして、お互いにハイタッチを繰り広げ、抱き合って喜んだところで、一人の従業員が私に質問をしてきた。


「それで、あのポンコツで甲羅の中身がすっからかんの亀はどうするんですか?」


「ああ、あいつね。あいつは――」


 私はこれから先に待ち受けているカメの末路を全員に話す。それを聞いた者たちは全員黒い笑みを浮かべました。











「ただいまー」


 のんきな声を上げるカメ。一週間以上にわたる自堕落な生活により、ここで働いている従業員の一人であることを忘れてしまったらしい。


 私はカメに優しい笑みを浮かべて近づいた。


「おかえりなさい。浦島はキチンと陸まで行けたのかしら?」


「はい。キチンと送り届けてきました」


「そう、それじゃああなたの仕事はこれで終りね」


 私はニヤリと口角を上げ、カメの甲羅を踏みつけた。


「な、何するんですか!?」


「あなたに落とし前を付けてもらおうと思ってね」


 上から甲羅を踏みつけられ、身動きの取れないカメ。この竜宮で女将をやっている私の脚力に抵抗できるわけない。私はカメの足と尻尾を引っ込めさせ、その出入口を封鎖する。


「え?え?」


 そして、顔と腕だけが自由に出し入れできる状態になったカメを、竜宮のバックヤードに連れていった。


「さて、皆さんお待ちかねのカメさんに天罰を与えようの時間ですよ」


「ど、どういうこと!?」


 バックヤードでは、一部の従業員を除いてほぼ全員が揃っていた。


 その輪の中心に置かれたカメは、キョロキョロと回りを見て状況を把握しようとしている。


 私は足の部分をふさいでいた部分を外し、自由に出し入れできるようにしてやる。


「さて、ここからは皆さん自由にやっちゃって構わないわよ。ただし、足を折ったりとか今後の活動に支障をきたすような行為は慎んでくださいね」


 私はそれだけ言い残してその場から立ち去る。背後では、カメの悲鳴と従業員たちの怒号が響いていた。


 ちなみに、カメって甲羅に潜れば無敵なんじゃないか、と思うかもしれないが、実は横から見れば案外攻撃箇所は存在する。かなり陰湿ではあるが、攻撃手段が皆無というわけでもない。


「大丈夫かしらね」


 私はカメの心配をしつつ、自身の執務室へと入る。そこには、シルクハットを目深にかぶった一人の男が立っていた。


「こんにちは、乙姫様」


「こんにちは、待たせて悪いわね。今ちょうどカメに制裁を与えているところよ」


「まぁ、怖いですねぇ。とはいえ、カメがしっかりと動けるなら問題ないんですけどね」


「ええ、その辺はちゃんと注意してきたわ」


 私は男に椅子へ座るよう勧め、自分も椅子に腰を落とした。


「それで、カメの能力次第ですが、大体カメによる相場はこれくらいですね」


 男の差し出した紙を手に取り、そこに記載された金額を見て感心する。


「へぇ、どんくさいカメのくせに結構良い金額するじゃない」


「私どもの会社では、売り主様への還元率は90%ですから。他の会社とは違いますよ」


「この金額なら喜んで売るわ。契約書もここにあるし」


 私はつい先日カメと結んだ契約書を取り出す。


 浦島を滞在させたい、というカメの要望に応える代わりに結ばせた契約書だ。


「なるほど、件のカメの身柄とその扱いに関しては乙姫様に全権をゆだねると。なかなか過激な内容ですが、よく結べましたね」


「ま、あちらのお願いを聞く代わりに、と言えば一瞬だったわよ」


 それくらい頭が残念なカメなんだ。


「さて、それじゃ私たちも契約をしましょうか」


「はい、そうですね」


 男と契約を結ぶ。私はこれでようやくカメという邪魔者を排除することができた。











 契約を結び、男と共にカメが痛めつけられているスペースへと向かう。


「あ、乙姫様」


 私たちに気付いた従業員たちが道を開けてくれる。


「どう?気が済むまでやれたかしら?」


「ええ、スッキリしました」


「はい、ありがとうございます」


 私の言葉に次々と感謝の言葉が返される。私は何とも言えない高揚感に包まれた。


「く、狂ってる……お前たち全員、狂ってるぞ!」


 そんな私たちを睨みつけているカメが一匹。彼はいたるところに傷や打撲痕があり、かなりの制裁を喰らったのだな、と分かる。


 だが、私には彼の言葉が負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「頭の悪いあなたに狂っているなんて言われても何とも思わないわね。あなた、自分が今まで何をしたのかわかっていないのでしょう?」


「ぼ、僕が何をしたって言うんだ?」


 さすがに、私も呆れてしまう。ここまでされておいてまだ何が原因だったのか理解できないなんて。こんなカメを採用した自分が情けない。


「あなたは浦島という人間を連れてきた。そして、あの無能人間を数週間にわたって無賃滞在させた。それによって私たちのシフトも財源もおかしくなったのよ」


「た、助けてくれた恩人にお礼をするのがいけないことなの?」


「だったら、その金をあんたが払いなさいよ。滞在期間中、あの人間と一緒に遊んでいたあんたが払えるとは思えないけどね」


 働いても到底返せないような金額になっている。このカメの貯金額なんて大したことないだろうし、無理なことはわかりきっている。


「それと、ここにいる従業員に迷惑をかけたことに対しての謝罪はないのかしら?」


「な、なんで謝らなくちゃいけないんだ!飛び入りのお客さんが来るのは仕方ないことだろう?」


「いつまで自分は悪くないと主張し続けるのかしら、このカメは。飛び入りしてきたお客さんにはそれなりに妥協してもらうことを事前に説明することになっています。食事の時間が遅れたりすることは了承を得ています」


「じゃあ、なんで浦島さんの時はそれをやらなかったの?」


「恩人だ、と連れてきた者に対して『突然のことなので食事は後回しになりますがよろしいですか?』なんて言えるわけがないでしょう?こちらがお礼をする立場なんだから、出来る限り持て成すのは普通の事でしょう?」


「で、でも浦島さんなら話せばわかって――」


「周りにいたお客様はどう思うでしょうね。『恩人を後回しにするとか最低じゃない?』て思うことは間違いないでしょう」


 従業員を助けてくれた者にはお礼をする。そういう姿勢が重要なのだ。ホテル業はサービスも重要だが、それ以上に好感度が重要となる。良いホテルだな、と思ってくれなければリピーターは増えない。


「それで?他に疑問点はあるかしら?」


「……」


「あなたの犯した罪は『従業員に長期間にわたって迷惑をかけたこと』『松の部屋の無賃利用』です。これらに対する賠償を私たちは請求しますが、あなたには到底支払うことはできないでしょう」


「むりだ」


「ええ、わかっています。松の部屋の使用料だけでもあなたの給与では絶対に賄いきれないでしょう。ということで、この方をお呼びしました」


「はじめまして、カメさん」


 それまでジッと後ろで話を聞いていたシルクハットの男が、前に出て礼をする。


「は、初めまして」


「今回、あなたの身柄と将来を譲り受けたドレイという者です」


「ドレイさん、ですか……ん?」


「はい、今あなたが思い浮かんだ通りです。あなたから今後一切の自由を奪い取る者です」


「な、そんなこと、許されると思っているのか!」


「ええ、許されますとも。なぜなら、こちらに契約書がございますから」


 ドレイは一枚の紙を差し出す。


「読んでいただければわかる通り、我々はあなたの最低限度の生活を負担し、次の仕事をサポートする仕事を受諾しました」


「次の仕事?」


「ええ。私たちは何も暗いことをしていない、ただの人材派遣サービス会社でございます」


「どういうことだ?」


「それはあなたが知る必要のないことです。あなたは私たちが命令した場所で仕事をこなすだけでよいのです」


「それだけ?」


「ええ、それだけです」


「どれだけ働けばいいの?」


「一生です」


「いっしょう?」


「ええ、一生」


「……え!?」


 カメがひっくり返った声を上げる。可哀想に、ドレイの言葉が理解できないのだろう。


「それでは、参りましょうか。あなたの次の仕事先は、建設現場です」


 ドレイはポケットに入れていたスイッチをポチリと押す。すると、数分後に担架を持った三人の男が現れる。


「このカメですか?」


「ええ」


「かしこまりました」


 そう言って男たちはカメを担架に乗せる。


「ちょ、え?本当に行くの?」


「安心してください。次の建設現場は安全なところですよ。ただ、少し海底火山の近くで熱いくらいで――」


「それ絶対安全じゃないよね!?」


「運びます」


「えぇええ!」


 カメの悲鳴も空しく、男たちに連れ去られてしまった。


「それでは、失礼いたしました。乙姫様、また何か御用がありましたらご連絡ください」


「はい。ありがとうございました」


 私はドレイの礼を礼で返し、その姿を見送った。


 こうして、カメという厄介者が消えた。


「スッキリしたわね」


 そして、ドレイに渡したことで、カメが働くことで得た給与の90%が毎月自分の所に流れ込んでくることになった。


 これで、従業員たちに対して賞与を支払い、底が見えかけた財源を回復することが出来る。良いこと尽くしだ。


「頑張って働きなさい、カメ」


 私はカメの去った方を見ながら、笑顔でそう呟いた。


 鶴は千年亀は万年。


 彼が役目を終える日はまだまだ先の話でしょう。





 めでたしめでたし。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。


 最初は第三者視点で昔話風の導入、そこから乙姫主観の物語という構成にしてみました。


 昔話では竜宮城が一体何の目的で存在する建物かわからないので、ホテルというのは想像です。(姫の城?で国があるという話なのかな?)


 昔話で、浦島太郎を持て成すために振舞われるごちそうやダンスの費用ってどこから出ているのでしょうか?私はふと気になったので、このような作品を作ってみました。


 一部昔話と整合しない箇所がありますが、そこは許してください。浦島太郎の都合の良いように美化されているということで。まぁ持て成される側なんだから、良い部分しか見れないのは仕方ないですよね。


 長くなりましたが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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