楽園の夢国
―――苦しい。
学校の屋上から飛び降りたのだから、まず最初に感じる感覚は痛覚だと思っていた。
しかし体の何処にも痛みは感じず、代わりに息苦しさがあり上手く呼吸ができない。
まるで顔に何かが乗っかって口と鼻を覆っているようだ。
「・・・ん?」
顔に何かが乗っていると意識した途端、乗っている何かがかなり毛むくじゃらな何かだと分かる。
丁度顔に乗っかる程度の大きなのそれは「バ~・・ウゥ。」とまるで欠伸をするような声を出す。
「・・・チビ?」
「バウ? バ~ゥ!」
僕が名前を呼ぶとチビは鼻を上に反り上げて僕の顔から飛び降りた。
そこでようやく自分が今いる場所が最後に夢で見た大岩の下に出来ていた洞窟の中だった事に気が付く。
「なんで・・また夢? いやでも確かに僕はあの時屋上から・・。 それともあれも夢でまだ僕は夢の中で―――」
「おはよう!」
「わぁ!!?」
自分の頭が整理できず1人でブツブツと言っているとすぐ目の前にカイリの顔が現れて僕は後ろに倒れた。
「あはははは! ごめんごめん! まさかそこまで驚くとは思わなくってさ!」
カイリは「やり過ぎた」と苦笑いで反省しながら僕に手を差し伸べ立たせてくれた。
「・・・? どうかした? なんだか顔が悪いけど?」
今僕の目の前に彼女がいる。 それが夢なのか現実なのか今の自分にはもう分からなくなっていた。
しかし、今ある目の前の現実がとても嬉しくてたまらなかった。
「い、いえ! なんでもありません。 少し慣れない事が連続で起きたので体が付いていけてないだけです。」
涙が出そうになった目をグッと堪えて出来る限りの笑顔を作った。
多分、僕が生きて来た中で女の子に泣いている場面を二度も見られてたくなくて初めての意地だったと思う。
「ん~そっか~。 確かにノボル君の服装、普通の村で着てるような服だもんね~。」
「え?」
自分の服装の事に指摘されて始めて僕は夢の中でも自分の服装を見た気がした。 夢だと思っていた際は僕はずっと学校の制服を着ているイメージでいたから。
そして改めて今の自分の服を見てみると確かに森の奥に行くような服装ではなかった。 上下ともにボロボロの布生地で作られたポロシャツの長ズボン。 靴は少し固めの包帯みたいだ。
「ねっノボル君! 君はこれから行く場所があるの?」
カイリは顔を近づかせて質問してきた。 初めて会った時からそうだが彼女は少し他人との距離が近すぎる気がする。 おかげで僕はまともに彼女の顔を見る事ができない。
加えて彼女の服装は動きやすそうな服ではあるが、少し肩と胸辺りの露出が多い為、近づけば近づくほど目のやり場が困る。
「い、いえ。 特には・・・」
そう答えるとカイリは満面な笑みを浮かべて僕の鼻さきに指をさした。
「それなら決まりです! 君はこれから私達と共に【楽園の夢国】へ出発です!!」
「バウバウバーゥ!!」
何か分かりませんが、僕は行く場所が決まりました。
◇ ◆ ◇ ◆
楽園の夢国と呼ばれる国はこの世界で随一の大国と呼ばれているらしく、そこには誰も見た事もない未知な世界が広がり沢山の科学と魔法が共有して発展している超最先端国でもあるというらしい。
「その国はね! 服の事もすごくこだわりがあるらしくて、何でも自分が欲しいと思った服が絶対に存在するホントに凄い場所なんだって! だからノボル君にピッタリな服も絶対にあるよ!」
他にもその国がこだわっているものは多々あり、衣食住は勿論、娯楽やスポーツに関しても沢山のこだわりがあるという。
それだけ凄い物だと聞けば嫌でも好奇心を持つのが人間という物だ。
僕も興味が湧き僕は彼女について行く事にした。
そんな興味溢れる夢の国の話を聞いて早三日。 僕はまだ森の中の坂道を登って下っての繰り返しで歩いていた。
「ノボルく~ん? だいじょうーぶ~?」
「バウバーゥ?!」
カイリとチビが先に先にと前へ歩いている間、僕は道中で見つけた丁度いい木の枝で体を支えながら彼女達の道のりについて行っていた。
「す・・凄い体力ですね・・カイリさん。」
「ふっふ~ん! 凄いでしょ~! これでも少しはこっちの方も鍛えてるからね!」
「バウバウ!!」
カイリが見えない力こぶを作るとチビは鼻で力こぶを作る仕草を作って、ようやく追いついた僕をドヤ顔で迎えてくれた。
「そ、それで・・楽園の夢国という場所にはあとどれくらいでつきそうですか?」
「う~ん・・そうだな~」
カイリは考えるような表情を作ると指をパチンッとならした。 すると何もない所から1枚の地図が出て来た。
彼女とこの三日間旅をしていて最初に驚いた事はこの世界は魔法という概念があるという事だ。 彼女曰く訓練と勉強をすれば誰でもできる物らしい。
僕も夢の世界ならもしかしたらと期待を膨らませてカイリから教わりながらやってみたが、魔法の「ま」の字も出なかった。
どうやら僕は夢の中でさえ凡人であるらしい。
「ノボル君。」
地図を見て距離が分かったのか、カイリは指を3本立ててニッコリと笑った。
「えぇ。 あと3日もあるんですか・・」
この三日間、慣れない環境に慣れない野宿が続いたせいか自分の体力が著しく落ちているのが分かる。 すでにヘロヘロなのに後3日もあると思うと少しげんなりする。
しかしカイリは首を振った。
「違うよ。」
「へ?」
「あと三週間だよ!」
彼女は満面な笑みでそう答え、僕は意識が遠くなり倒れそうになった。
結局辛い事やしんどい事が起きるのは夢も現実も一緒なのだと僕は思った。
◇ ◆ ◇ ◆
森の中には危険な事がよく起こる事が3つある。
1つは自然から起こる災害に巻き込まれる事。
2つは腹を空かした狂暴な獣に襲われる事。
そして3つ目は誰も管理していない自然の世界には稀に、旅人を狙った【盗賊】がいるという事。
「ほら頑張ってノボルく~ん! もう少しもう少し!!」
「バウバ! バウバー!」
「す、すこし・・待って・・ください・・・」
まるで遠足に出かけてるように楽しそうにしている3人の背後には、鋭い目で3人の様子を見ている1つの人影があった。