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**********


 強く握った薙刀を上段から一気に振り下ろす。なんなく止められると、一息をつく間もなく真横から刃先が伸びてきた。一瞬ひやりとしたが、紙一重でかわすとその足で畳を蹴り、斜め向かいに真っ直ぐに突いた。


 が、それは虚しく空を薙ぐだけだった。


 顔先に鈍色が突き付けられる。


「……参りました」


 その言葉を合図に二つの両者は腕を下ろし、構えを解いた。すかさず鋭い声が飛ぶ。


「何を学んできたんだ! 目で追うな!」


「すみません」


 頭を下げるしかなかった。口答えも言い訳も、歴然とした実力の前には、吹雪の中に置いた蝋燭の灯のように掻き消されてしまう。


「よし! 次だ!! もう一度!!!」


「はい!」


「もっと声出せ!! 腹ん底から!!!」


「はい!!!!」


 再び紙都は薙刀を高く掲げた。


 これまで紙都は、弓術、棒術を学び、そして薙刀の手解きを受けるところまで来ていた。本来の得物である剣術の稽古はあと一歩、目前まで迫ってきていた。しかし、この一歩が遠い。弱点と言われた遠距離、中距離からの攻撃への間合いの取り方や対処の仕方は、実戦を経て身に付いてきたと思うが、そこから先へ進めない。繰り出す技はことごとく止められ、捉えたと意気込んでも霞のように目の前から消えてしまう。


 どんなに技を覚えても、紙都はまだ師匠に一太刀も浴びせることができていなかった。


 二人の身体が左へ右へと舞う度に、しのぎがぶつかり合い、音を散らす。滝のような汗に必死の形相の紙都は違い、日向は汗一つかかずに余裕の表情を浮かべていた。


(ダメだ。押される。どこか機転を!)


 ふと、音が止まった。あられのような連撃に隙が生じた。今、とばかりに飛び上がると脳天目掛けて柄を振り下ろす。


「甘い」


 それよりも早く柄が紙都の腹へクリーンヒットし、背中から床へと落とされた。すかさず首筋に刃先が当てられる。


「今日は、これまでだ」


「……はい」


 喉元から切っ先が離れる。身体を床に預けて大きく息を吐き出すと、いつものごとく寒気が押し寄せてきた。軽く目を瞑ってしばし外のひやりとした空気に身を任せる。


「気持ちいいか?」


 刺の抜かれた言葉が頭上から舞い降りてきた。


「そうですね。少し寒いですが」


 ふっと、笑われた気がして目を開いた。そこには三日月のように細めた双眸が。


「今のその顔。実にお前らしいな」


 お風呂と簡素な夕食を終えると、自室に戻った紙都は修行の初日から敷きっぱなしの布団へと体を投げ出した。


 二、三度深呼吸すると稽古中には過ることのなかった下界の様子が頭をもたげた。結界が消えた以上、新たな怪異は日々起きてきているはずで、それらの対処に京極家の面々やオカルト研究部、そしてーー。


(あいつは、ちゃんと無事なんだろうか)


 枕がわりに組んだ腕に頭を乗せる。裸電球の淡い光が映し出す静かな天井の木目に浮かぶのは、喧しいあの顔だった。


(一週間……以上か。まるで連絡が取れていない。この前のような大きな事件は起きてないようだけど、あいつのことだから何か)


 寝返りを打つ。夜だからか、火照った体はすでに肌寒くなっていた。毛布を足で引っ掛けると、バサッと頭から潜り込んで顔だけを出した。


(きっと大丈夫だ。あいつはバカじゃないし、梓さんもいる。何かがあったとしても上手く解決してる……はず)


 それよりも修行のことをと思考を変えようとしたが、すぐにまたあの顔が目の前に浮かんだ。それならばと目を瞑っても瞼の裏にまで現れてくる。頭を掻き毟って紙都は乱暴に起き上がった。


「ダメだ。集中できない」


 これが胸騒ぎ、と言うのだろうか。戦闘中でもないのに心臓の早鐘が収まらなかった。少しは落ち着くだろうかと、紙都は丸窓の障子を開けて外気を浴びた。


 夜闇にぽっかりと山脈のシルエットが浮かび上がった。手前には、それを覆い尽くそうとするかのように音も無く真っ白な雪が降り頻る。窓枠に置いた手の先が悴むような冷気が心を落ち着かせてくれるような気がした。縁側ほどではないが、ここからでも十分に雄大な景色は堪能できる。


「目で追うな……か」


 確かに視認したはずなのに、次の瞬間にはそこにあった姿はなくなってしまうんだ。人間としては速すぎて目ではもう追いつかないのかもしれない。


(それでも、どうしても目に頼ってしまうんだよな)


 目でモノを捉え、脳が分析し、手足を動かす。当たり前のこの流れが、たぶん戦いにおいては悠長なんだ。半ば反射的に反応できるようなあり方が、目だけじゃない、五感をフル動員するような戦い方が必要。


「そうじゃないと」


(俺はきっとあいつを守れない)


 また勝手に浮かんできた言葉に苦笑すると、勢いよく窓を閉めた。


「違うだろ。俺は、妖怪を殺す力がほしいんだ」


 誰もいないひっそりとした広間に赤ランプとも思しき朱色が点火し、疾った。


 壁際に立て掛けていた薙刀が無作法に取られ、暗闇の中を乱雑に舞う。獣のような低い唸り声とともに。


 鬼面仏心がなくとも自分の意志で鬼に成ることができるようになったのはいつからだったか。仲間が窮地に立たされたときか、それとも母が死んだときか。


 唸り声は次第に雄叫びへと変わっていく。凶刃に倒れる母の背が、噴き上がる怒気が、溢れ出る慟哭が、何度も何度も目の前で繰り返された。


 荒れ狂う吹雪のような感情と衝動の渦にただただ身を任せ、突き、薙ぎ、払い、そしてまた突く。魑魅魍魎、百鬼夜行を切り裂き、貫き、殲滅しようとするかのように。


 30分か、一時間か、それとももっと長い時間か。永続とも感じられた時間を経て、薙刀がカランっと音を立てて床に転がる。同時に耳をつんざくような怒号が小刻みな振動とともに寺院に響き、漆黒の暗闇のなかに溶けるように消えていった。


「強く、なるんだ」


 赤燈が消え、か細い声が鳴いた。


「強く、ならなきゃいけないんだ」


 その呟きに応えるように障子が風に揺られた。

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