参
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「え~!! もう、一週間も経つやん!! まだ連絡取れへんの!?」
甲高い声とは真逆のしっとりとした生地が特徴的なミルクレープがテーブルの上に置かれた。皮は通常のクレープ生地なのだが、断面を見るとクリームの代わりに鮮やかな抹茶色が入っているのがわかり、なおさら落ち着いたイメージが広がる。
「そうなのよ」
と言葉を切って、柳田沙夜子はさっそくフォークでミルクレープの先端を綺麗に切り取ると、小さな口の中へ放り込んだ。ほろ苦い抹茶クリームを薄いながらもしっかりと敷き詰められたクレープが包み、濃厚な味わいを創り出している。後味も爽やかだ。
「!! 美味しい!!」
沙夜子の感嘆に満面の笑みを浮かべると、藤原和花はサービスのミルクティーをミルクレープの横に添えた。
「そうやろ? うちの看板メニューや!」
「うん! 本当に美味しいわ! やっぱり、疲れたときは甘いものに限る……って違う!!」
「あら、うちのケーキ食べたら少しは落ち着くかと思ったんやけど。しゃあない」
和花はカフェインレスコーヒーが注がれたコーヒカップを隣の席に置くと、椅子を引いて沙夜子の横へと腰掛ける。
「今、ちょうどお客さんいないから話聞くで」
「ありがとうーー」
レトロな雰囲気の店内に漂う湯気を眺めながら、沙夜子はポツポツと語り始めた。
酒呑童子が京極家に攻め込むために起こした一連の事件が一応の収束を見たのは、ちょうど一週間前のことだった。いつものごとくに一日、二日も経てば人々の記憶から妖怪の記憶は抜け落ちてしまった。
だが、被害者の数の多さ、そして全国規模で同様の事件が起こったことから、記憶の消去だけで問題は解決せずに、連日テレビのニュース、ワイドショーなどでこの事件は扱われ、識者と呼ばれる人たちの論議が交わされることになる。被害が大きかった京などでは臨時議会も開かれ、この事件への自治体の対応が問われた。吉良からの連絡では、医療関係者も亡くなった南柳市の病院は、入院治療を含む全ての業務を中止させられてしまった。
もちろん、妖の仕業だと断定されたわけではないが、人間も決して馬鹿ではない。複数の妊婦が死を遂げたーーそれも腹部を切り裂かれるという非常に残酷な手口でーーその結果に対して、起こった過程が不明瞭であることから、科学的説明を諦めて怪異、と確証するものが増大している。
「緊急事態だ」ーーと、京極家は総員で緊急配備体制を敷くことを決断した。京の都を中心に巨大な陣を張り、妖怪の侵入を防ぎ、被害のあった各地へと遠征組も送った。ようやく重い腰を上げた、と思ったのはおそらく沙夜子だけではないはず。
それでも『百鬼夜行』に比べると十分な勢力を持たないと考えたのか、京極家当主の柊と楓は紙都への協力を持ち掛けた。
「京極さんの当主とお偉方がやらかしたミスを紙都が埋めたようなもんだから、それはそれは恐縮し切った様子だったわ。私からしてみればざまあみろ、数々の失礼な言動を撤回しなさい!っていう感じだけど、紙都は文句一つ言わないで、むしろ自分からも協力をお願いしてた」
「そんで、修業に高山寺へ行かされたわけやな」
「そう」
沙夜子は深いため息を吐くと、ティーカップを傾けた。最後の一口をゆっくりと味わいながら飲み干す。話をしながらケーキもすっかり平らげていた。
「まあ、忙しいんやって。きっとキツい修行なんやろ?」
「そうね。京極家は、結界陣の修行しかしたことがないって言ってたから、わざわざ武芸百般とかいう武僧を呼び寄せたとか。でも、そこはどうでもいいのよ。問題はーー」
手作り感のある黒茶色の和風コーヒーカップがトンっと、置かれる。
「問題は?」
顔を上げると、その名の通り和やかな笑顔が広がっていた。包んでくれるような、慈愛の笑顔。自分が親になるなんて想像すらつかないが、和花はきっといい母親になるんじゃないかと思う。
和花の記憶は失われていなかった。それは、あまりにも恐怖が脳に植え付けられたからなのかもしれない。だけど、あんなことがあってまだ一週間しか経っていないというのに、こうして仕事をして人を落ち着かせる笑顔をつくることができる。
「私だったら、きっとわめき散らしている気がする」
「えっ、なんて?」
「和花は強いよねって。やっぱり同い年には見えない。私も、それくらい強ければよかったのに」
自嘲気味に笑うと沙夜子はふぅっと息を漏らした。
「私、こんなところで何やってんだろ? 紙都はさぁ、連絡できないくらい頑張ってるんだよ」
声が濡れて聞こえるのはきっと気のせいだ。気のせいに決まってる。
「いや、紙都のためにどうとかではなくて……だけど、あいつの横に立ちたい、立っていないといけないと決めたのに」
私は何もできないんだ。




