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**********


 紙都は何年も前から使っているノートパソコンを立ち上げた。ずいぶん使っているからか、以前に比べると起動が少し遅くなっている。


 その間にスマホでニュースを検索する。トップにはやはり南柳高校の首吊り事件が載っていた。


 ニュースでは首吊り自殺として扱われており、警察は亡くなった経緯や動機などを調べていると締めくくられていた。


 本当にこんな大きな事件に自分が関わっているのだろうか、と紙都は考える。正直実感なんてない。携帯のニュースやテレビの話なんて自分とは縁もゆかりもないこと、そう思っていたし、今でもその感覚は変わらない。けど――。


 スマホの画面を消して、パソコンの横の木製の机の上に置く。


(けど、あの涙は本物なんだ)


 涙だけじゃない。担任の荒関が生徒に手を出していたことも、沙夜子がヌカヅキの正体に気づきかけていることも、俺が半分人間で半分鬼の血が流れている半妖だということも。


 この事件に妖怪が関わっているんだとしたら、俺なら解決できる。というより、俺にしかできないんだ。半分鬼の血が流れているオレしか。


「紙都」


 パソコンが起動したタイミングで部屋の外から声が聞こえた。静かで、それでいて迫力のある声。


「なに?」


「入るわよ」


 言うなり襖を開けて、御言が部屋に入ってきた。その手にいくつか食器を乗せたお盆を持っている。


「なんだよ」


「ご飯」


「いらないって言っただろ。食欲がないんだ」


 こんなに不安で緊張しているのに、食べられるわけがない。この間の森での出来事とはわけが違う。いろんな意味でヤバいんだ。


「何か食べた方がいいわよ。何事も健康第一よ」


 後ろからほんの少しだけトーンが落ちた声が掛けられた。


「……鬼になることも?」


「そうよ」


「……妖怪と戦うことも?」


「ええ」


「……親しい人が離れていったとしても?」


「もちろんよ」


 その声は全く躊躇いなくそう言い切った。


 母さんならそう言うだろう。何事にも動じず、何事にもたじろがず、女手一つでここまで育て上げてくれた。


 息子が半妖であることも黙ってこれたぐらいの人だ。


「母さんにはわからないよ。俺は母さんみたいに強くない。自分が半妖だって知っただけでこんなに混乱してるんだ」


 紙都は自嘲気味に笑った。笑い声は古びた木の壁にくぐもるように消えていった。


 珍しくすぐに返答はなかった。御言の落ち着いた息づかいがやけに大きく聞こえる。


「確かにあなたは私より弱いわね。私には正確にはあなたの気持ちはわからない。私とあなたは違うもの。……だけど、そこに、あなたが半妖だからなんて理由は入らない。あなたは男だし、弱いし、私の子どもだから、私にはあなたはわからない。ただ、それだけのことよ」


 御言はお盆を畳の上に置くと、再び襖に手をかけた。


「母さん」


 その手を紙都の小さな叫びが止める。


「なに?」


「……どうして彼女は先生と付き合ってしまったんだろう」


 襖に陶器のような白い手を残したまま御言は答えた。


「一見、大人しそうな少女が大胆な恋愛をする。よくある話じゃない」


「そうじゃなくて」


「その理由を探すのがあなたの役目でしょう。頑張りなさい」


 紙都は後ろを振り返った。そこには、久方ぶりに見る母親の綺麗な笑顔が咲いていた。


 襖がまた閉められると、紙都はパソコンの画面に目をやった。右手でマウスを動かし、ブラウザを立ち上げる。


「妖怪事件簿」ではさっそく今回の事件をネタに様々な憶測が展開されていた。その中の一つに紙都の目が引きつけられる。


「サヤ

 9月6日 19:15

 ―――――――

 樹木子って知ってる人います? 南柳高校の関連で教えてもらえると助かります」


「あいつだ!」


 サヤ……沙夜子からか安直なネーミングだ。


「通りすがりの妖怪

 9月6日 19:24

 ―――――――

 樹木子! 面白いですね。南柳高校って旧校舎ありますよね。呪われてるとかいう。高校のある土地自体がヤバいらしいですよ」


 紙都は目を疑った。邪魔な眼鏡を外して食い入るように画面を見つめる。


「こいつは……」


 足長手長の手がかりを探したときに、沙夜子をそそのかして森へ誘い込んだやつだ。


 その正体は本物の妖怪。何者かはわからないけど、前の事件と今回の事件、こいつが関わっているのか?


 マウスを持つ紙都の手が動いた。画面が下にスクロールして、次のやり取りが表示される。


「サヤ

 9月6日 19:52

 ―――――――

 ヤバいって具体的にはどんなことが?」


「通りすがりの妖怪

 9月6日 20:21

 ―――――――

 昔、江戸とか戦国とかそのあたりの時代ですかね。この地域では大規模な戦があったらしく、特に南柳高校辺りでは激しいぶつかり合いがあって、見渡す限り首がなかったり、胴が切られていたり、頭がかち割れていたりといった死体で埋め尽くされるくらいの悲惨な状態だったらしいですよ」


 おかしい。そんなに大きな出来事なら知らないはずがない。そういうことに詳しいオカルト研究部のメンバーが知らないなんて。


「サヤ

 9月6日 20:34

 ―――――――

 ……そんなことが。じゃあ、それと樹木子の関係は?」


「通りすがりの妖怪

 9月6日 20:42

 ―――――――

 今回の首吊りの現場となったあの中庭に立派にそびえ立つ桜の大木。あなたはあれが樹木子ではないかと考えているんですね。だとすれば、それは合っているかもしれません」


「サヤ

 9月6日 21:15

 ―――――――

 というと?」


「通りすがりの妖怪

 9月6日 21:34

 ―――――――

 南柳高校の新校舎がなんであんな構造になっているのか。考えてみたら変じゃないですか? あれなら、真ん中の木を切るなりどこかへ移すなリして、建てた方がお金も掛からないし、造りやすい。わざわざ真ん中を残して、校舎を建てるなんて合理的ではありません。もうわかっているでしょうが、あれはあの木を切ることができなかったからなんです」


「サヤ

 9月6日 21:46

 ―――――――

 じゃあ、やっぱりあの桜は曰く付きの木」


「通りすがりの妖怪

 9月6日 22:03

 ―――――――

 そうですね。戦場の血を吸った樹木子とも考えられるかもしれません。そして、今回の犠牲者は何らかの理由で樹木子に魅入られ、命を絶った。いや、殺されたというべきなのでしょうか」


「サヤ

 9月6日 22:10

 ―――――――

 わかりました! ありがとうございます!」


 それ以降、サヤや通りすがりの妖怪からの書き込みはなかった。あったのは野次馬のような全く関係のない書き込みばかりで、見ていて得るものはない。


 紙都はブラウザを閉じようと、マウスを動かした。


 そのときだった。一瞬、画面が暗転したと思いきや、表示されていた文字が時間を戻しているかのように次々と消去されていく。


「な、なんだこれ!?」


 紙都は慌ててマウスを動かしたが、フリーズしたかのように画面上のマウスポイントは動かなかった。


 強制的にシャットダウンを試みるもののまるで変化はなく、コンピューターが意志を持ったかのように次第にスピードを上げて文字の羅列が消えていった。


 文字が全て消えると、幾度かディスプレイが点滅し、パッと新しい文章が浮かび上がった。


「通りすがりの妖怪

 9月6日 23:04

 ―――――――

 やあ、こんにちは。ヌカヅキくん。いや、鬼神紙都くんと呼んだ方がいいかな?」


 紙都は十の指をキーボードの上に置いた。しかし、そのまま動かず、文字を打とうとはしない。


「通りすがりの妖怪

 9月6日 23:05

 ―――――――

 ああ、正体がバレることを気にする必要はない。この書き込みは私と君以外誰にも見られることはないし、話が終了次第消去する」


 怒りを込めて、紙都は力強くキーボードを叩いた。まだ確かではないけど、何人もの人間がこいつのせいで犠牲になったはずだ。それに、沙夜子や蓮の命も危険にさらしている。


「ヌカヅキ

 9月6日 23:08

 ―――――――

 お前はなんだ?」


「通りすがりの妖怪

 9月6日 23:09

 ―――――――

 もうわかっていると思うが、妖怪だよ。君とは違う完全な、ね」


「ヌカヅキ

 9月6日 23:10

 ―――――――

 目的は何だ? 樹木子も足長手長もお前が差し向けたんだろ?」


「通りすがりの妖怪

 9月6日 23:11

 ―――――――

 差し向けた? 違うよ。奴らはもともとそういう妖怪だ。そうだな、私は奴らがそこにいることを知って、ただ紹介したに過ぎない。美味しそうな人間がいると。私の目的は、ただ楽しむ。それだけだよ」


 机に衝撃が走る。紙都の拳が当てられた所には小さな窪みができていた。


「通りすがりの妖怪

 9月6日 23:13

 ―――――――

 いいのかい? のんびりしている時間はないだろう。彼女のことだ。今夜0時にでも学校に侵入するつもりなんだろ? 樹木子は目覚めたばかりだ。まだ血を求めるぞ」


「ヌカヅキ

 9月6日 23:17

 ―――――――

 お前に言われないでもわかってる」


「通りすがりの妖怪

 9月6日 23:18

 ―――――――

 そうかい? じゃあ、検討を祈ってるよ」


 それを最後に画面が消えた。次に点いたときには、前と変わらない無責任な発言ばかりが書かれていた。


 もう一度画面をスクロールさせる。


 サヤと通りすがりの妖怪のやり取りも残ったままだ。


 あいつは自分勝手だし、強引だし、人を人とも思っていないやつだけど、それでも、やるしかないだろう。


「でもその前に」


 今度こそパソコンをシャットダウンさせると、紙都は後ろに置かれたままのお盆を机に移動させて割り箸を手にした。


「いただきます」



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