廿弐
異変が起こったのはそのときだった。両者の拳の間に突如、眩い光が出現した。青白い孤独な月のような尊い光。それは今、静かに紙都の顔を照らし、深い陰影を作り出す。
(俺は……この光を知っている……)
紙都の真っ直ぐに伸ばした拳に固い何かが当たった。それを掴むと、もう片方の手を添えて感触を確かめるように強く握った。驚くほどに手に馴染み、常闇の先にある光のように希望と勇気とを与えてくれる。
紙都はそれを横に振るうと、漲る気鋭と確固たる意志と共に全てを断ち切った。
「なんや……なんやその刀は!?」
拳を当てることが叶わず、血だらけの畳の上へ引いた少年は初めて動揺を見せた。その腕から先が鋭利な刃物で切り落とされたように断たれている。驚いたように見開かれた目で刀を見ていたのは、酒呑童子だけではなかった。
「それは、紙都の! 鬼救寺の! 鬼面仏心!!」
金色がかかった明るい金茶色の柄に丁寧に打ち付けられた目釘、鍔から先の刀身は自らの力で鈍く輝き、その存在を主張しているようだった。指で刃先を触ると、キーンと鋭い音が聞こえてくるよう。
(……だが、この刀はあのとき壊れたはず。それがなんでこんなところに……)
「それが鬼面仏心なんか」
二重の声が聞こえた。顔を上げた先には、手を体の前に掲げた双子の姿が。
「奇遇にもほどがある。あのときも鬼に攻め入られたんやから」
「そうや。そんで鬼神怜強が引き抜いたんやったな、鬼面仏心を。やけど、姉さん――」
「今はそれどころやない」
京極楓と京極柊は、白に生える長い烏羽色の髪を揺らすと、二人同時に陣を展開した。陣に封じられた産女が姿を保てずに消滅していく。
「しもうた! 当主のお出ましか! やけど、この産女の数なら――」
「無駄です。私たちもいますから」
「梓さん!」
沙夜子の弾んだ声に口の端を緩めて応えると、片手でお腹を支えながら陣を発動する。行進を続けていた一体の産女の動きがピタリと止まる。続けて後ろに並んだ京極家の面々が陣を重ねると、身体が崩れ落ちていった。
「京極家は、あれくらいでやられるほどヤワやない!」「そうや! 命を守るためなら死ぬまできばるで!!」
「人間風情が何を粋がっているんや!」
ふわりと空中で一回転する酒呑童子を刀の切っ先が牽制する。
「たとえ歩だとしても王手は掛けられる。これで、形勢逆転だな」
「鬼神、紙都」
酒呑童子は構えを解くと、ふっと笑みを溢した。
「その名前、覚えておくで。流石にこの状況では打つ手はない。……一旦、退かせてもらうで」
「この状態から逃げれるとでも?」
「逃げれるで」
さも当然のように述べると、突き付けられた刀を潜り抜けて紙都の元へと接近する。
「くっ!」
突然の行動に一瞬反応が遅れてしまった。刀を返すときにはすでにしなやかな脚が鞭のように跳ね上がっていた。
(ダメだ、間に合わない!)
脚が眼前にまで迫る。だが、それは顔を通り過ぎて空を蹴った。
「何……!?」
刀が腕から離れる。蹴られた、と気付いたときには酒呑童子は回転しながらそのまま後ろへと逃れる。黒い和服がヒラヒラとはためいた。
「待てや!!」「奴は手負いや!! 逃がさへん!」
「待て! そいつはーー」
黒が白に交じる。その一瞬の間に無くなった腕が新たに生まれた。
黒が華麗に飛び上がった。周囲に風が巻き起こり、白が薙ぎ倒されていく。目に留まらないほどの高速で連打が繰り出されていた。
襖を蹴破った酒呑童子は、外へ走る前に後ろを振り返る。そこにはその姿に相応しい爽やかな笑顔が咲いていた。




