拾漆
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土埃が晴れるとともにその姿はくっきりと浮き彫りになってきた。産女、と判別するよりも背は低く、象徴的な長髪のシルエットがない。細身の身体におそらく着流しのような和服がピタリと合っていた。
(誰だ……)
近付くに連れて最も顕著な外見的特徴が紙都の赤く光る目に飛び込んでくる。
(あれは……角!? まさか、産女を操っていたのは……鬼!)
「怯むんやない!! 最大限、陣を展開せい!!!」
それは、怒号に反応するかのようにくるりと宙を舞う。袖口がはためいた。
「ダメだ!! 避けろ!!!」
紙都は咄嗟に叫んでいた。矢を射るような隠し切れない殺気が、その舞いが攻撃へ移る前駆動作であることを告げている。
ふわりと地面へと降り立つと、二本の角を頭に戴いたそれは右足を前へ踏み出し、加速した。白装束が一斉に、まるで強風に巻き上げられる雪のように、空へと投げ飛ばされる。
それは、落ちてきた一人の頭を片手で掴み、身体ごと引き上げる。
「……いったい……何者や……」
小さな口が愉しそうに歪む。少し開いた口の中から白金のような鋭い牙が見てとれた。
「お、鬼!?」
「ああ、そうや。あんたら人間に封印された、な」
鬼は左腕をぐるぐると回すと、後ろへ思い切り引いた。血の色に似た双眸がカッと見開かれた。
「人を殺すんは久方ぶりやからなぁ。ちょっと試させてもらうで。一撃で死ねなかったら堪忍な」
鬼のその細腕が心臓へと伸びる。そこへ別の剛腕が横から現れた。
「やめろ!!」
紙都は左腕を掴んだまま敵の眼前に踏み込み、ほっそりとした顎を蹴り上げた。鈍い音が発生し、鬼は地へ吹き飛んでいく。
(なんだ、軽い。それにあの体格に顔、まるで小学生のようなーー)
鬼はすぐさま立ち上がると、血を吐き出して手の甲で口を拭った。
(やっぱり、子ども……)
改めて頭のてっぺんから足の爪先まで視線を走らせた。紙都の胸元辺りまでの背に、筋肉がまるでない細身の躯、小さな顔と大きな瞳はせいぜい12、13くらいの子どもにしか見えなかった。身に纏う深い黒色の着流しと、前髪を切り揃えたおかっぱ頭がやけに古風で漂う雰囲気は、大人びて見えたが。
「あんた、なかなかやるやん」
声も高かった。声変わり前の少年のようなボーイソプラノ。
「やけど、よう見たら混ざりモンか。鬼と人の、なんやそれも京極の血が流れてるんか?」
「紙都さん!!」
梓がすぐ後ろへと控えた。いつでも陣を繰り出せるように手を胸の前に翳す。
「なんや残ってるのは、こんガキ一人と老いぼれ一人か。京極家も随分と見ないうちに腑抜けたもんやなぁ。頼りになるのは、当主だけなんか」
「私はともかく、紙都さんは勇猛な方です。あのぬらりひょんを倒したお方ですから」
「ぬらりひょん!? あいつか、懐かしいなぁ。封印を解いてくれたんはよかったけど、あいつは考え方が過激やからなぁ。人間を殲滅させてどないすんねんってずっと思っとった」
「じゃあ……」
「ああ、勘違いすんなや」
鬼は左手を後ろへと向けた。後ろには十数体の産女が並び、ぶつぶつと呪言のように同じ言葉を反復していた。
「人間を殺すんは簡単なことや。やけど、妖怪が生きていくんには、人間を利用しなあかん。人間を動かすんのに一番簡単なもんはなんやと思う?」
産女の朱に染まった袖口が鬼の服に触れた。その次の瞬間に首が飛び、血が噴水のように噴き上げる。
「な、何を!?」
梓の口から戸惑いの言葉が漏れ出る。
「手刀です。ほんの僅かな時間に高速で手刀を繰り出し、産女の首を跳ねた」
努めて冷静でいようとした。が、呼気が乱れている。無理なんだ。あんな簡単に命を殺める行為を目の前で見て、感情が乱れないわけがない。
「えらく険しい顔になっとるやないか。同じ鬼の血が流れてるのに、なんや心外やなぁ。殺してないで。今の産女はこんくらいじゃ死なん」
その言葉通り首のない産女は不気味に歩み続ける。紙都の後ろから息を呑む音が聞こえた。
「怖いか? そうやろなぁ。産女の子を求める執念は異常なもんや。それを目の当たりにしたとき、人は恐怖に呑み込まれる。そうすると、こんな簡単に憎くて憎くて堪らん京極さんに攻め入ることができるっちゅうわけや。おれがやったのはただ一つや。混ざりモンのあんた、紙都とか言ったか。なんやと思う?」
「さあな、見当もつかない」
「おぉ、こっわ! そんな睨まんといて。おれがやったんわ、ほんま誰でもできることや。最初、産女見ぃつけてな、言ったんや。『あんたの子どもあの女の腹の中にいるでって』ーーまあ、本当に子どもがどこに行ったのかは……知らんけどなぁ」
「お前!!」
気が付いたときには拳がぶつかり合っていた。その衝撃が次の攻撃を誘発する。




