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あやかし鬼譚~現代百鬼夜行絵巻  作者: フクロウ
第七話 血赤珊瑚
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拾陸

『はい!!』


 電話先の声が弾けた。感情がすぐ表に出てやっぱりわかりやすい性格、と少し羨ましく思う。


『あっ、すみません、なんか認めてくれたみたいですごい嬉しくて!! ……それであの、今回の事件。産女が新しい産女を生んでるんじゃないかって思ったんです』


「産女が産女を生む?」


『はい。どうしても助けることができなかったんですが、産女に襲われた女性がすぐに産女となってーー』


「増殖した」


 産女は自分の赤ちゃんを探して妊婦を狙っている。赤ちゃんを奪われたその妊婦も、産女となる。なるほど、その連鎖がずっと続いているということか。


「まるで、映画に出てくるゾンビみたいね」


『私は、ロボットみたいだなと思いました。赤ちゃんを探すっていう一つのプログラムが施されたロボット。あれは、もう人でもなければ妖怪でもない。あれにはもう心が、感じられなかった』


 今さっきよりも開いた扉の先を凝視する。扉の隙間に挟んだ数本の腕は蛇のように暴れ回っていた。よくよく注意してみれば、どれもが土気色に変色し、爪が剥がれ落ちているのがわかる。


「あかんがな! このままじゃ、防ぎきれんわ!!」「なんとか、当主が来はるまで気張れや!!」


 ーーダメだ。のんびりと電話してる場合じゃないわ。


 早く加勢に行きたいのだろう。紙都は古びた木板を踏み鳴らした。


「おい、沙夜子ーー」


「わかってる! それで、愛姫ちゃん、操られてるってどういう意味!?」


『伸也くんから聞いたんです。伝承では、産女は赤ちゃんと一緒に人の前に現れることが多いって。だけどこの産女には赤ちゃんが一緒じゃない。だからもしかしたらと思ったんです。もしかしたら、夢に現れたっていう最初の産女はーー』


 その先は答えを言われなくても沙夜子はすでに理解していた。一人目の産女、先のゾンビに例えるならば、最初の感染者は、赤ちゃんを奪われることで故意に何者かによってつくられた。産女は、その何者かの意志によって妊婦を襲い、その数を増やしていく。そう、誰かに操られているみたいに。


 大きく見開かれた瞳は、さらにその先の光景をも目の前に浮かべていた。


「紙都! 産女が各地に現れたとなれば、京極家は手薄になるわ。そして、SNSで拡がった怪異を恐れて『京極さん』へと助けを求めに来る人も出てくるはず。そう、全て今起こっていること。敵は最初からここを襲うつもりだったのよ!」


『え!? 沙夜子さんどういうーー』


 通話を切ると、二人は突然の衝撃音が発せられた扉を急ぎ見た。土埃とともに積雪した雪が舞い上がる。


「扉が……」


「開かれた!?」


 薄れてゆく風塵の中に人影を認める。状況を確認する前に、紙都はもう走り出していた。


「紙都!!」


「部屋に戻って和花さんを守れ! 俺はあれを食い止める!!」


「まっーー」


 沙夜子は唇を噛んだ。唇を強く噛んで、後を追おうとした自分自身を引き留めた。ーーわかっている。追いかけていっても何もできない私は、足手まといなだけ。


 あっという間に遠くなっていった背中を、ただ見送ることしかできなかった。


 襖を開けると、すぐに和花と目が合った。怯えたような少し茶色がかった瞳は変わらずだが、梓から離れて壁を背に座り、随分と落ち着いた印象を受ける。事態が悪化しているだけに、それだけが今は救いだった。


「そう言えば、和花さんは何歳なの?」


 聞かれた和花は、思わず首を傾げる。変な質問だとはわかっていた。だが、今の状況を聞かれて答えざるをえなくなるよりも先に質問をぶつけた方が、穏やかな空間を壊さずにすむ、今までの経験上からの判断だった。それに、こういうときは口を動かしていた方が落ち着く。逃げ場がない以上、ここで事態の好転を待つしかないのだから。


(こんなときに、あのエロ犬がいればどれだけ楽なことか)


 蓮が和花を口説こうとする姿が鮮明に浮かんで、沙夜子はつい頬を緩めてしまった。


「……年? ウチ、今、16やけど」


「えっ!?  16歳!?」


(少し年上くらいかと思ってたけど、まさか同い年なんて)


 和花はくすっと小さな笑い声を上げる。それだけなのに、まるで花が咲いたように空気が変わった。


「みんな、そう驚くんや。昔から大人びて見えたんやろな。そんで、お腹に赤ちゃんおるでって言ったら目をまん丸くしてな。なかにはなんも知らんくせに『大丈夫なんか』って聞いてくる人もいてるし。大丈夫とかそういうんちゃうねん」


 はーっ、と力が抜けたように息を吐いて和花は天井を見つめた。その横へ拳一つ分ほど間を開けて、沙夜子が座る。


「大事な命だから?」


「そうやな。大事な命や。大事な人との間でできた命やから。まあ、相手には逃げられてしもうたんやけどな」


「それは、えげつない話やなー」


 梓は見守るように微笑みながらやんわりと同意した。


「ほんま、そうや。なんであんな男好きになったんやろ」


 上に向けていた目線は、弧を描くようにゆるりと回り、畳へと向かった。


「せやけど、好きになってしもうたから。大好きな人との子どもやから、一人でも産もうと思ってん。親からはえらい反対されてんやけどな。『そんで、あんたの将来はどないすんねん』って。わかるで。今んとこでバイトしとるけど、高校も中退したし、何か資格持ってるわけやないし……正直、不安でいっぱいでたまらんなくなる」


 和花は震える手でお腹を触った。その手が物語るのは、きっと一寸先も見えないような暗闇。


「だけど、産みたいって思ったんでしょ」


 その暗闇を感じたからこそ、沙夜子は和花の手に自分の手を添えた。


「――うん。大事な命なんや。ウチが守らんと」


「だったら、私が和花を守る。守って、それでまたお店に行く。全部のケーキ食べるまでは紙都が何て言っても帰らないから!」


 和花の顔が花が咲くように上がり、パッと華やいだ。


「沙夜子ちゃん、ありがとう!!」


 二人の様子を穏やかに眺めていた梓は、一つ頷くと悠然と立ち上がった。


「それでは、私も敵を迎え撃ちます。お二人を守るために」

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