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あやかし鬼譚~現代百鬼夜行絵巻  作者: フクロウ
第七話 血赤珊瑚
82/164

拾伍

**********


 激しい振動から守るように、沙夜子は暗がりの部屋の角でぎゅっと縮こまる和花を抱き締めていた。


「大丈夫、大丈夫だから」


 と、励ましながら。それでも、収まることのない揺れとともに、慌ただしく踏み鳴らされる足音に飛び交う人の声が大きくなっていき、胸がかき乱されるような不安に駆られていた。


「……な、何が起きてはるん?」


 恐怖からか和花の声は上擦り、震えていた。


「わからないわ。でも、大丈夫。ここは、ずっと京を守ってきた京極さんなんでしょ?」


 安心させるためにわざと軽口を叩いてみたが、残念ながら襲撃されていることは間違いない。十中八九、産女の仕業だ。和花のお腹の子を狙っているのか。


(想像したくはないけど、万が一、ここへ来るようなことがあれば、どう立ち向かえばいい? 逃げるにしてもこんな状態の和花さんを連れて走るのは無理だし、第一お腹に負担がかかってしまう)


 少し猫っ毛のある柔らかな髪を沙夜子のつるりとした手が撫でた。とにかく、落ち着かせなければ。ストレス状態が長時間に渡れば、それこそ母体への影響が懸念される。


 外から聞こえる声がにわかに大きくなった。


「早く陣を結べ!」「もうやってる!!」


 たちまち緊迫感が小さな部屋のなかを漂っていく。焦りと動揺が読み取れる尖り声が襖を突き抜け、戦慄く和花へと直撃した。


「もういやや! どないすればええの? 助けてや! お願いやから助けて!」


「和花さん! ね、落ち着いて! 落ち着いて!!」


 沙夜子は自分自身にも言い聞かせながら、ガタガタと震える体を抱き締めてあげることしかできなかった。怖いと思う。恐ろしいと思う。自分の体のなかにもう一つ篝火のような小さな命があるんだ。それを守る術がないというのは、いったいどれほどの恐怖感なのか。


「大丈夫か!?」


 サッと襖が開かれ、梓とともに紙都が中へ入ってきた。慣れ親しんだその声は、部屋の空気を変えて急速に心を落ち着かせてくれる。


 沙夜子は自分でも気付かないうちに大きく息を吐き出した。


「紙都、遅いわよ!」


「いや、異変が起こってすぐに駆け付けたんだけど」


「まあ、いいわ。それより、和花さんがーー」


 両肩をつかんだまま和花の顔を胸から離す。和花は赤く腫らした目で紙都をちらりと見上げて、すぐに視線を畳の上へと逸らした。


「無理もあらへん」


 梓は落ち着いた足取りで和花の元へ向かい、その背中を手で擦る。


「怖がらせて、ほんますんまへん。……やけど、絶対に守るさかい。堪忍してな」


 なんとかコクコクと頷くと、和花は身体を梓の腕の中へと預ける。


「大きく息吸ってや。ーーそや、そして、吐いて吐いて吐いて全部息を吐ききるんや」


 梓の言う通りに息を吐き切った和花は、少し落ち着いたのかお腹を撫で始めた。沙夜子から見て、心なしか身体全体が弛緩しているようにも思える。


「どや?」


「少し……少しだけ……」


「落ち着いた?」


「うん」


 それを聞いて心の中で安堵したが、頭を振ってすぐに思考を切り替えた。状況は何も変わっていない。打開策を見つけなければ。


「紙都ちょっと」


 首を上げて外へ出ろと合図を送る。


「梓さん、ちょっと和花さんをお願いします」


 部屋の外に出ると、まるで急に異世界に放り出されたかのような錯覚に陥った。それは、白装束に身を包んだ京極家の面々の立ち回りというよりも、むしろその先に潜む禍々しさが原因だった。


 無理矢理に生唾を飲み込むと、沙夜子は腕を組んだ。


「どんな状況なの?」


「増殖した産女の集団が封印を破り、屋敷に入ろうとしている。何体かは陣に触れて消滅したようだけど、数でごり押しされている」


 紙都は簡潔にまとめると、産女が抉じ開けようとしてる扉を見遣る。


「だから、焦って陣を重ねてーーでも、ここに残ってるのは」


「そう。当主とか力を持った京極家の人達は産女の探索と討伐に出てしまっている。急いで連絡は取ったみたいだけど、ここへ来るのにどのくらい時間がかかるのかはわからない」


「それならーー」


 細身の黒パンツのポケットに入れていた端末が振動した。


「ーーもしもし! 吉良! 何かわかった!?」


『産女を倒しました。それで、その、愛姫ちゃんが産女がおかしいって……』


 周りの喧騒から正確に音を聞き取るために、片耳を手で押さえる。


「おかしい!? 何が、何がおかしいの!?」


 少し間があって女性の声に代わる。


『もしもし、 川瀬です』


「愛姫ちゃん!」


『お疲れ様です、沙夜子さん。あの、私、産女と戦ってみて思ったんです。何かに操られてるんじゃないかって。すみません、ただの直感なんですが』


「女の直感ほど信頼できるものはないわ! どういうことか教えて!」

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