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あやかし鬼譚~現代百鬼夜行絵巻  作者: フクロウ
第七話 血赤珊瑚
78/164

拾壱

**********


「ーーえぇ!? そっちにも妖怪が出た!?」


(何っ!?)


「ーーうんーーええーー確証はできないけど、産女じゃないかってことね。さっき増殖してるって言ってたけど、そこらへんの原因は何か思い当たることある?」


 紙都はスマホを素早くポケットにしまいこむと、コートを肩に引っかけてお店の外へと向かった。


「ちょっ、紙都何してるのーーごめん、一旦切る」


 引き戸をつかんだところで背中に声が刺さった。


「紙都!!」


「話は聞いた! あっちにも現れたんだろ? ここにいてもしょうがない! 早く原因を突き止めないと大変なことになる!!」


 振り返りもせずに急ぎ出ていこうとする紙都に向かって、特大の雷が落とされた。


「待ちなさい!! この馬鹿!! 彼女をほったらかして行くつもり!?」


 ーーそうだ。忘れていたわけじゃないが、ここにも産女の対象となりうる人物が一人いた。


 ハッとして振り返ると、頭を抱えたまま机に突っ伏した店員の姿が目に入った。


「焦る気持ちはわかるけど、もう少し目の前のこと見て! この前だって一人で勝手に飛び出していって! 妖怪を退治することだけが、あんたの役目なの!?」


 目線を左右に散らしても、何も言い返す言葉が見つからなかった。仕方なく視点は、身体を小刻みに震わせている店員に向かった。


「……何の話をしてるんや?」


 今にも泣き出しそうな声だった。


「妖怪って何やねん? 今見たのは何? ーー前に友達から聞いたことがあったんや。そんときはただの悪趣味な噂って気にも止めてなかっんやけど、今の見て思い出したわ。赤ちゃんを狙ってるんやろ? なあ、ウチも狙われんのか? どこ? どこ? どこ? どこ? ってウチのお腹の赤ちゃんも狙われてんのか?」


  最後の方は、涙声に変わっていて上手く聞き取ることができなかった。だが、それでも恐怖が身体全体を覆い、声をひきつらせ、肩を震わせていることはわかる。


 その肩を後ろからそっと抱き締めたのは、沙夜子だった。


「大丈夫。私達が守るから。私はともかく、紙都は強いから、必ず守るから」


 店員は沙夜子の腕のなかでコクコクと頷くことしかできなかった。その手はずっとこれから生まれ来る命を守るようにお腹を擦っていた。


「沙夜子、まず、場所を変えよう。ここからなら京極家に戻って梓さんのところへ行けば」


「そうね。京極家がきっと一番安全ね」


 厳重に閉められた門の前で紙都はスマホを耳に当てた。京極家を出るときに交換した梓の携帯へ電話を掛けるとワンコールですぐに繋がる。


「紙都さん!」


「今、門の前にいます。一人、妊娠されている女性を保護しているので、梓さんのところで匿ってもらえないかと」


「承知しました!」


 返事は即答だった。仮にも屋敷にいるのを認められていない存在を受け入れることで後々梓の立場が危うくなるのではないかと危惧したが、他に頼る宛もないために甘えさせてもらうしかない。


 すぐに門の鍵は開けられ、10m程続く石畳の先の扉が開かれ、梓が柔和な笑顔で出迎えてくれた。


 その笑顔にホッとしたのか、一番後ろを用心深く歩いていた沙夜子がひっそりと息を吐く。


「そう言えば、まだお互いきちんと自己紹介もしてなかったわね。私は、柳田沙夜子。東北の方にある南柳市からとある用事があって(ここ)に来たの。まあ、わかってるんじゃないかと思うんだけど、今起こっているような怪異絡みでね。私自身には紙都や京極家の人達みたいに力はないけど、こういうのにはもう慣れっこだから、安心して」


 店員はまだ事態を呑み込めていないのだろう。不規則な足音が響くだけで、声が発せられることはなかった。


「で、前を歩くのが鬼神紙都。同じく怪異の関係で私と一緒に南柳からここへ来たってわけ。彼はーーその、怪異と立ち向かう特別な力を持っていて、まあ、いざというときはた、頼りになるわよ」


 歯切れの悪い言い方が気になったが、半妖と紹介しなかったのは正解だと思う。こんな不安定な状態の人に半妖などと伝えてしまえば、どんな反応が返ってくるか。


「あなたの名前を聞かせてくれる?」


 沙夜子が噛み砕くようにゆっくりと質問を投げ掛けると、ようやくか細い声が出された。


「……藤原……藤原和花(ふじわらのどか)


 が、それだけ言うのが精一杯のようだった。


「紙都さん、沙夜子さん、どうぞ。そちらの方がーー」


「そうです。和花さんって、今、私達も名前お伺いしたばかりなんですが」


 梓は駆け寄るように玄関から出てきて、和花の肩をしわがれた手でポンポンと優しく触れる。


「こないに体強張らせて、もう大丈夫やで。京極に来たからにはしっかり守るさかいに」


 和花は涙ぐみながら顔を上げると、梓の胸に頭を寄せて声にならない涙を流した。

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