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**********


 2人の異様な状態を見て、紙都も窓へと近付いていく。沙夜子の後ろに立って窓の外の状況を確認する。後ろではヨロヨロと上手く立てない吉良を犬山が支えていた。


「……自、殺?」


 たった二文字なのに言葉にした途端に重力が上がったように体がだるくなった気がした。


「自殺ね。だけど、そんなことより、あんた見た?」


「そんなことよりだって? 人が一人死んでるんだぞ」


「そんなことより、よ。あんたは見えなかったの? 満開に咲く綺麗なピンク色の桜を」


「……なん、だって?」


 季節はもうすぐ秋に差し掛かろうとしているのに、満開の桜が咲くわけがない。冗談かと思ったが、その声は真剣だった。それに何より、目の前にいる少女の身体が震えていた。高飛車で強気で何事にも動じないような少女が、震えを抑えることができずに開け放したままの窓枠に手を置き、体を支えていた。


 もう一度下を見てみても、そこには、問題の首吊り以外いつもと変わらない中庭の姿しかなかった。


「あんたは見たわね。吉良」


 後ろを振り返ると、腰を抜かしたらしく床に座り込んでいる吉良が、カクカクと首を何度も動かした。


 一人ならまだ単なる間違いや幻覚を見たで済まされるけど、二人も同じものを見たとしたらそうではなくなる。これは、現実に存在した出来事。


 考えごとを続けようとした紙都の背中が思い切りはたかれる。


「調査に行くわよ! あんたも手伝いなさい!!」


 痛くはないが、その強引なやり方は、紙都に先日の忌の森での出来事を思い出させた。


(そういえば、あの傘壊れたままだな。だけど、今はあのときとは違う。こいつと関わるわけにはいかないんだ)


 紙都は顔だけ沙夜子の方に向けた。この状況を楽しんでいる無邪気な笑顔がそこにあった。


「……悪いけど、オレは――」


「あんた意外に背が高いのね」


 背伸びをしながら腕を伸ばして、少女は自分との身長差を確認した。吸い込まれるような大きな黒い瞳の中には自分の顔がはっきりと映っている。


「ふーん。吉良よりかは使えるかもね。ほらみんな行くわよ!」


「あっちょ――」


「ほら、吉良もさっさと立って」


「だから、オレは――」


「さあ、行くわよ! 中庭へ!!」


 紙都の声は事件に夢中なっている沙夜子の耳に決して届くことはなかった。


 部室を出ると、4人は早足で階段へと急いだ。中庭に出るには、一度一階へ降り、中庭に通じる2つの入口のどちらかへ向かう必要がある。


「うわっ、すごい人だね」


 中庭の惨状はすでに知れ渡っているらしく、廊下では興奮して話し込む人や気持ち悪くなってうずくまっている人など多くの人でごった返していた。おそらく、部室棟にいる全ての生徒が部室から出てきているのだろう。


 紙都と犬山より少し離れた前方では、沙夜子がきれいに染められた茶色の髪を左右に揺らしながら、「どきなさい!」「邪魔よ!」と人の波を文字通り掻き分けていた。


 吉良はその後ろを人とぶつかっては謝り、すれ違っては謝りながら歩いている。


(……今がチャンスじゃないか?)


 オカルト研究部のメンバー2人はオレより前にいる。この人込みの中であいつらと逆側にある階段で下まで降りていけば、気づかれないで逃げられる。後のことはそれから考えればいいんだから。


 紙都は歩く速度を落として、後ろにいる犬山に話しかけた。


「なあ、蓮」


「うん?」


「このまま逃げよう」


「はぁ。またお前そんなことを。沙夜子さんめちゃくちゃ可愛いし、性格もこう……まあ、カリスマ性があるし、仲良くなっとけばいいじゃん」


「やだよ。あんな女」


 本当は別の理由からだが、その理由ももちろんあった。吉良とかいうやつ、可哀想過ぎる。


「きっとあれだぞ。沙夜子さんはツンデレだ」


「なんだよ、それ」


「女性に興味のないお前にはわからないか。要はだな、普段はあんな感じでつんつんしてるのに、ふとした瞬間や仲良くなったら甘えてくるんだ。それがデレ。その二つを合わせたのがツンデレってやつよ。たまんねえだろ、これ!」


「いや、全然わからない」


 女性に興味がないと言われたのは心外だったが、勝手に人を枠にはめて勝手に妄想を膨らませるというのも紙都には理解できなかった。


(『ツンデレ』とかそんな枠組みに入ってしまうほど、あいつは大人しくない)


「……紙都、お前、今沙夜子さんのこと考えただろ」


 足が急に止まった。気づくと振り返っていて、犬山のニヤニヤとした気持ちの悪い笑みがそこにあった。


「ち、違うよ!」


 犬山の腕が肩に回される。キツい男物の香水の匂いが鼻につく。


「認めろよ。お前、さっき『背高い』って言われてドキッとしてただろ」


 顔が熱くなった。


「そんなんじゃない! ほら、行くぞ!!」


 来た道を戻ろうとまとわりつく腕を振り払った。


「赤くなって、かわいいね~」


「う、うるさい!」


 このまま一人ででも戻って、逃げてやる。


「ちょっと待ちなさい!」


 背中に二度と聞きたくなかった声が突き刺さった。


「あっ、バレたみたいだぞ」


 今までうるさいくらい騒がしかった周りの生徒達が、なぜか急に静まり返ってしまった。一歩一歩近づいてくる足音が聞こえる。


 そして、足音は止まった。


「あんたたち逃げようとしたわね」


「いえいえ、逃げようとしたのはあいつだけです」


 犬山は即座に答えた。


「あ、お前!」


 犬山はそそくさと沙夜子の後ろに回った。


「さ、あんたも行くわよ。来なさい。逃げないように私があんたの後ろを歩くわ」


 紙都は深いため息を吐いて、しぶしぶ重い足を進めた。


 後ろを歩く沙夜子は釘を差すようにこう囁いた。


「逃げてもムダよ。ヌカヅキについては後でたっぷり聞かせてもらうから、絶対に探し出すわ」


 背中に悪寒が走る。今から上手い言い訳を考えておかなければ。


「今は、中庭の桜に集中するわよ」


 一階に降りると、当然ながら中庭に続く廊下に同じ制服が密集していた。みんな野次馬には違いないが、憶測も含めて様々な情報が飛び交っているようだ。


「困ったわね」


 沙夜子はふっくらとした唇に人差し指を当てて天井を眺めた。たぶん、どうやって情報を集めたらいいか考えているのだろう。


 嘘の情報を集めても仕方がない。必要なのは正しい、真実。それが現実離れしていようとも、いやきっと現実離れしている方がこいつにとっては都合がいいのだろう。


 考えがまとまったのか、沙夜子の目が紙都へ向いた。


「まずあんた、出入り口の様子はどうなっているか確認してちょうだい」


 いくら背が高いと言っても、この距離で人混みの中で、確認できるわけがない。が、とにかくできる限り背を伸ばして、紙都は目を細めた。


 制服で囲まれてはいるが、その中に学校の先生らしい私服の格好が見える。


「先生がいる」


「先生?」


「うん、入口を塞いで生徒を中に入れないようにしてるみたいだ」


「当然よね。それなら反対側も同じか。それにそろそろ昼休みも終わるし、生徒は全員教室に戻される」


 その前に教師側はなんとか生徒をこの場から離れさせたかったようだった。担任が手で戻れというジェスチャーをしながら、大きな口を開けて叫んでいる。


「どうする?」


 突入とかか?


「どうにもできないわね。とりあえず、情報を集めましょう」


「え?」


 意外にまともな提案だったために紙都は拍子抜けしたような声を出した。


「ん。何よ? 先生に楯突くわけには行かないじゃない。活動停止なんてこともありえるのよ」


 ちゃんと常識は知っているんだな。


「二手に分かれて情報を集めるのよ。私と吉良が組むわ。あんたはこいつと組みなさい」


「え~俺、沙夜子さんと一緒がいいです!」


 沙夜子と違って親友の予想通りの反応に、紙都は安堵するとともに呆れていた。


「なあ、紙都」


「うん?」


「沙夜子さんちゃんと教室戻ったと思うか?」


「戻ってるよ。お前とは違うんだから」


 場所は教室。昼休みが終わって沙夜子の言ったとおり、生徒は全員自分の教室に戻された。


 しかし、先生はおらず自習中であるため、多くの生徒が今さっき起こった事件を話題にガヤガヤと騒いでいる。


「こんなときにナンパするか?」


「どんなときでもナンパだ。どこに出会いが転がってるかわからないんだぞ、紙都くん」


 鼻息を荒くしてぐっと近づいてきた犬山の顔を右手で払うと、紙都は急に真顔になった。


「……今まで聞いた話をまとめてみよう」


「そうだな! その方が沙夜子さんの印象上がるし、メールのきっかけになるしな!」


「はい? メール?」


 犬山は制服のズボンのポケットからオレンジ色のスマートフォンを取り出すと、アドレス帳を開いて紙都に見せた。


 そこには「柳田沙夜子」という名前と番号、アドレスが載っていた。


「お前、いつの間に」


「さっきお前が中庭がどうなっているか見てたときさ」


「まあ、いいや。じゃあ、話をまとめよう。まずは、中庭にいたのは誰か」


「俺はこの学校の生徒だって聞いたぞ」


 紙都は小さくうなずく。


「オレも女子生徒だって聞いた。それから首吊りってことも」


「遺体はもう搬送されたらしいな。噂だと黒髪ストレートの可愛い女の子だって。もったいない」


「うーん。誰か助けられなかったのかなあ」


 犬山は椅子の背もたれに腕を乗せて頬杖をついた。


「誰も助けられないだろ。発見されたときはすでに死んでたって話だぞ」


「いや、そうじゃなくて、昼休みだろう? 人はたくさんいたはずなのに、なんで誰も気づかなかったんだろうって」


「うーん、中庭は目立つしな。誰かが見てそうだけど、たまたまじゃねぇ?」


「たまたま?」


 紙都は頭をひねった。昼休みはいつも人で賑わう。男だけで行くことはあまりないだろうが、女子生徒のグループはかなりいる。


 現に朝のホームルーム前にもいたし、雨が降っていたわけでもない。たまたま気づかれないなんてことがあるだろうか。


 それに最も気にかかることが一つ。


「何人もの人が桜の花を見たと言っている」


「ああ、それは俺も不思議に思った。沙夜子さんとあの吉良とかいうやつが満開の桜を見たって言ったときは、正直見間違いじゃないかと思っていたけど。マジでオカルトな話なのかもな」


「うーん」


 オカルトな話で間違いはない。けど、これは妖怪の問題なのか?


 妖怪はたくさんいるけど、まだまだわからないことが多すぎる。季節外れに満開の桜を咲かせ、人を首吊りにするような妖怪。そんな妖怪いるのか? それに首吊りは妖怪の仕業じゃないかもしれない。唐傘の妖怪や一つ目小僧みたいに、人を殺したりはしない、いたずら好きのただ満開の桜を咲かせるだけの妖怪かもしれない。


 またネットで調べるか。いや、あいつにまた見られるかもしれない。ハンドルネームを変えて……IPアドレスでわかるか。


 紙都はこんがらがってきた頭を抱えた。


「お前、やけに真剣に悩んでんなあ」


「ん? いや、まあ人一人死んでるから」


 それは本心であったが、それだけではもちろんない。


「ふーん、そっかあ。沙夜子さんの下僕になったのかと思ったぜ」


「なんで下僕なんだよ!」


「そう怒んなよ。じゃ、メールするぞ」



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