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拾壱

**********


 隠れんぼとは、いかに鬼に見つからずに逃げ切るかを争う遊びである。基本的には、隠れる場所はお互いの声が届く距離となっている。(それ以上離れると、「もーいいかいー」「まーだだよー」のやり取りができない)だが、ここは学校だ。それも生徒が何百人といるマンモス高だ。いくら魅了された男どもが校内を荒らし回っているとはいえ、しらみ潰しに探していくのは、骨が折れる。はっきり言って疲れる。


 それにすぐ探さなければどこか遠くへ逃げていってしまうかもしれない。すでに紙都、そして鎌倉に外を探してもらっているから、対策は打ってあるが。


 さて、どうするか。


(匂いがわかれば簡単に見つけられるけど、わからない。と、なると行動を想像するしかないな)


 蓮は校門へ向かうと、入口を背にどでかい校舎を見上げた。荒れ狂う喚き声はここまで届き、教室がどんどん侵食されていく状況がゲームをしているように分かる。


 スマホの画面を開く。一番初めにメッセージが届いたのは、8時29分。授業開始の1分前。蓮がまだ家を出たくらいの時間だ。


(……なぜこんなギリギリにメッセージが送られてきたんだ? 興奮状態にあるんだったら、目の前の川姫を襲うはず。わざわざメッセージを送っているということは、すでに川姫がどこかへ逃げ去り、応援と情報を得るためにオレにメッセージを送ってきた。となると、川姫は遅刻ギリギリに登校してきた?)


 スマホをポケットにしまいこみ、着崩したネクタイを苛ついたようにいじる。


(いつもギリギリに来るやつなのか? それとも昨日の事件で正体がバレるのを恐れて、生徒の少ない時間帯を選んだ? もしそうなら、他にも何かバレないような細工をーー)


 ネクタイをいじる手が止まる。玄関近くに何かが落ちている。早足で近付くと、アスファルトの上にマフラーが落ちていた。何の変哲もない地味なグレーのマフラー。


(……あれだけの人数に追われているということは、川姫の顔が人前で露になったということ。遅刻ギリギリだとしても、玄関前にはたくさんの生徒がいる。そこで転んだりしてマフラーが取れたら……)


 蓮は鼻に擦り付ける勢いでマフラーを顔に近付けて思い切り匂いを嗅いだ。甘ったるいシャンプーの香りの奥に、その者特有の匂いが存在する。


 それが何かわかると、蓮は口角を緩まずにはいられなかった。



 ノックとともに部屋を開けると、びっくりしたような表情で机に座る吉良が出迎えた。


「よお、吉良。サボりか?」


「違う! 学校が大変な状況になっているから、ここにいて調査をーー」


 吉良は急に喋り立てながら窓際の本棚へと移動した。真ん中の棚から抜き出した分厚い辞典を引き出す。


「ほら、ここに書いてあるんだ。魅了された状態から元に戻す方法が。まず、魅了は性的欲求が惹起(じゃっき)されるところから始まーー」


「ーーそれはいい」


 バッサリと切り捨てると、蓮は薄ら笑いを浮かべた。いつものヘラヘラとした軽薄な表情とは違うそれに、ページを捲る吉良の手が止まる。


 そのビクついた表情がなぜか気分がよかった。


「川姫を殺せば簡単に終わるんだ。そうだろう?」


 一歩一歩迫る蓮の顔を吉良はまともに見ることができなかった。いつもと別人のような圧力が迫り、漂っていた空気が変わったのが肌でわかる。


「……で、でも、魅了されているだけなら、殺すほどのことはないんじゃない?」


 吉良は生唾を飲み込み、カラカラに乾いた喉奥からなんとか声を絞り出す。


 背中が本棚に当たった。目の前に迫った蓮の鋭い眼光に耐えることができずに、勝手に体が後退りしてしまっていた。


「どうした? 吉良。妖怪が怖いんじゃなかったのか?」


 先日の会話。蓮は不意に質問してきた。ーー「お前、妖怪のことどう思う?」と。


 あのときは、確かに怖いと答えた。だが、それは妖怪全てを対象にしたわけではない。実際にどうなのかは会ってみないとわからないが、吉良が今まで調べてきた限り、妖怪の中にも人間の手助けをするエピソードを持つ者もいる。


(ーーそう、川姫もきっと、そんな妖怪の一人……のはず)


「吉良。お前まさか、川姫に誘惑されたんじゃないだろうな?」


「!!」


「連絡しただろ? 今探してんだよ。沙夜子さんと一緒に」


 そこで言葉を区切って吉良の反応を愉しむように頬を歪ませると、蓮はわざと耳元で囁いた。


「川姫を見つけたらすぐに殺してやるから安心しろ」


 すぐに顔は離れた。ポケットに手を突っ込んで、いつものにへらとした笑顔を浮かべる。


「まっ、そういうことだからおまえも気をつけろよ、じゃあな、何かあったら連絡よろしく!」


 くるりと身体を反転させると、面倒くさそうに腕を上げて部室を後にした。


 ドアが閉まると同時に蓮はスマホを取り出した。腹の底から込み上げるなんとも言えない快感が止まらず、ついつい顔がにやけてしまう。


「バカだなぁ、吉良」


 部室には香りが充満していた。女性特有のシャンプーの香りと、その奥にある憎たらしい妖怪の臭いが。


 蓮はメッセージアプリを開いた。最初に連絡してきた彼女ができたばかりのクラスメートとのどうでもいいようなやり取りが画面上に現れる。その一番下へ、短いが非常に効果的な文章を打って送信した。


「例の女の子を見つけた。オカルト研究部の部室だ」


 そうしてやや急ぎ足で階段を降りて、一階から中庭へ出ると、誰もいないベンチに腰掛ける。暴動は別の場所で起きているのだろうか、桜の大木もなくなり、風が吹き抜けるここはとても静かで、そして肌寒かった。


 樹木子のあの事件以降、中庭には生徒が寄り付かなくなっていた。原因はどうあれ、一人の女子生徒が自死したのは事実。気持ち悪がられるのは当然だった。


(ーー思えば、オカルト研究部あいつらとの一連の騒動はここから始まったんだな)


 封印されていた過去の記憶が、ネガティブな記憶と感情を増大させる樹木子の花粉の攻撃によって甦った。あのとき、あの場にいなければ、思い出すこともなく普通の人間のままで居られたのだろうか。


「……いや」


 制服のポケットの中でスマホが震える。スッと取り出して画面をタッチすると、「サンキュー! 今からみんなで部室に向かう!!」という返信が、たくさんの絵文字付きでかえってきた。


 ほどなくして、真上にある部室から乱雑な足音に混じって可愛らしい悲鳴が聞こえた。


(残念ながら可愛い声で哭くじゃねえか)


 その様子を動画に撮ると、オカルト研究部のグループチャットへ、「川姫確保」のメッセージとともに送信。蓮は、ほくそ笑みながら立ち上がった。


「さて、お前はどう出るんだ紙都」

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