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 鏡台から眼鏡を取ろうとした手は逡巡したのち、下ろされた。昭和初期に使われていそうな木製の古い鏡台だった。もはやアンティークと言ってもいいかもしれない。曾祖母の代から大事に手入れされ、磨かれて、愛姫まで受け継がれてきた川瀬家の家宝の一つだった。愛姫自身は曾祖母や祖母が鏡台の前に座る姿はついぞ見たことはなかったが、母の姿は目に焼き付いていた。


 眼鏡の後ろ、汚れ一つもない鏡の真横には母の遺影が置かれている。いつもの如く両手を合わせると、亡き母の言葉が聞こえた気がした。のんびりとした朗らかな高い声が。ーーそれはちょうど鈴の音に似ていた。


「そうだね。わかってるよ、お母さん」


 こうなってしまった以上は、最悪の状況を想定しなければいけない。川瀬家に代々伝わるあの言葉を実行しなければいけない。


 確か、二段目の引き出しの左奥。そこにもう一つの家宝がある。母から子へひっそりと受け継がれてきた家宝が。


 果たしてそれはあった。眼鏡の代わりにそれを忍び込ませると、愛姫はもう一度母の笑顔に目を向け、そして鏡に向かって涙が滲まないように微笑んだ。


「……今日も、可愛いね」

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