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それが現れたのは、単なる偶然のなせる技だった。京極家という妖怪退治の専門集団が京の地にあったこと、一人の鬼が京を訪れていたこと、その鬼が本質に反して人間を襲うことに躊躇があったこと、京極御言が鬼と遭遇したこと、鬼神怜強と名付けたこと、協力して妖怪と立ち向かったこと、その過程で絆が生まれ強まったこと、そして、御言が目の前で傷つき倒れていく姿を見て、一瞬でも理性を取り戻すことができたことーー。
慟哭とともに様々な思いと感情が錯綜した怜強の手には、どこからか一振りの刀が握られていた。刃こぼれ一つ、曇れ一つもなく、しなやかに鍛え上げられたその刀ーー『鬼面仏心』の名はこの後分かることになる。
今はただ、その刀を振り回した。あれだけ強大だった羅城門の鬼の両腕が容易く切断される。叫び声が発せられるが、回復する間を与えることなく、怜強は両手で刀を握り直すと、斜め上から切り裂いた。肩口から胴にかけて真っ二つに断絶され、次の一閃で鬼の首が、一呼吸の間に宙を舞う。
「馬鹿な……なんだ、それは。知らぬ。そんな情報はなかった。そんな刀を俺は知らない」
くるりと振り返ると、狼狽えたぬらりひょんが後退りしていた。一睨みすると、怜強は倒れる御言の体を仰向けに起こした。大丈夫だ、まだ息はある。
怜強は刀を上段に構えると、そのまま一足跳に間合いを詰めて、一気に振り下ろした。御言と同じようにその胸が切り裂かれる。が、ぬらりひょんの苦し紛れの蹴りが刀を持つ手に命中し、手から滑り落ちていく。
「ここは一旦引かせてもらう」
そう呟くように言うと、怜強が刀を拾う前にぬらりひょんはその姿を消していた。怜強は刀をそのままに、御言の体を抱きかかえると、急ぎ屋敷へ戻っていく。あとには、無残な傷跡と血溜まりに浸った巨体だけが残った。
御言の無表情の瞳の奥には二種類の相反する感情が宿っていた。自身が育ってきた京極家に受け入れられないという悲哀と、怜強とともに狭い宿命という名の檻から外へ出ることのできる歓喜の感情が。
「承知しました」
それだけ言うと、御言は怜強を伴って屋敷の外へと出た。赤門の前には梓が背筋をしっかりと伸ばして佇んでいた。
「もう、行ってしまわれるのですか?」
梓の瞳はしっとりと濡れていた。
「ああ、京極家としても怜強には一刻も早く敷居の外に出ていってほしいだろうし、必要なものはほとんどない」
結局のところ、羅城門の鬼を倒したことや逃がしはしたもののぬらりひょんを追い出したことが怜強の力によるものが大きかったため、退治されることは免れた。それでも、京極家の面子として無罪放免というわけにはいかなかった。二人が覚悟していた通り、御言は京極家から追放される形で生きていかざるを得なかった。
「左様ですか。では」
梓は徐に御言の左手を取ると、その手を優しく撫でた。そこに今までの全ての思いを込めるように。
そうして二人は京極家を去っていった。御言は決して振り返ることはなかった。振り返ればきっと梓が待っている。その顔をもう一度見てしまえば、決意が揺らぐだろうと密かに思いながら。
秋晴れ。眼前に広がる空は穏やかに澄み切った青空だった。目に沁みるほどの。




