玖
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……こうなることはわかっていたのに。だからこそ、陣を解きたくなかったのに。
玉砂利に背を打ち付け、飛びそうになる意識の中で御言は己の行為を悔いていた。鬼になる前に怜強は、また自分を遠くへ突き飛ばすとわかっていた。乱暴なやり方だが、自分を守るため、自分に危害を加えないために。
歯を食い縛ると視線をぐるりと回した。まだ火の手は回っており、屋敷の方角が明るかった。前方には楓と柊が倒れ込んだままだ。早く手当てをすれば、まだ助かるかもしれない。
迷っている暇はない。倒れている暇もない。早く起き上がって怜強を助けにいかなければ。
助け? 助けにいってどうする? 鬼になった怜強をどう助ける?結界陣が効力を及ぼさない以上、足手纏いにしかならないーー。
耳を覆いたくなるような咆哮が聞こえた。それが怜強のものだとわかった途端、御言は体の痛みも戦略も全て忘れて素早く上体を起こした。
羅城門の鬼が怜強の身体を羽交い締めにしている。その先何が起こるかは予想がついていた。走り始めた御言の黒い瞳のなかには、もはや苦しむ怜強の姿しか写っていない。
ぬらりひょんの、耳につく嫌な嗤い声が聞こえる。
「やはり鬼は鬼。どんなに力が強くなっても動きが早くなっても、殺気を消すこともせずに殺戮本能のままに向かってくれば、捌くのは容易いこと。怨むのなら、人間の味方なんぞをするその弱い心とお前を巻き込んだ京極御言を怨むんだな」
雨はすでに上がっていた。月明かりに照らされ鈍い光を放つ凶器が、怜強の首に狙いを定める。
ダメだーー間に合わない!
そう悟った御言は、掲げようとした左腕を元に戻すと、走るその勢いのまま飛び出していった。
腹部に今まで味わったことのないような強烈な痛みが襲った。噴き上げる血を見ながら、ようやく自分の血で服が汚れた、と御言は思いながら目を閉ざした。
その耳元に低い絶叫が響く。




