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 攻撃を防ごうと咄嗟に刀を盾にするが、あまりの衝撃に身体が吹き飛び、壁へと激突した。優に5メートルはあろうかというその体格から繰り出される一撃はあまりにも重かった。


「あと一歩だったのに、残念だったな。言っておくが、今の一撃でわかるように牛鬼は君よりはるかに強いぞ」


 そう言ってぬらりひょんは笑った。勝ち誇ったように。


 考える暇もなく続けざまに槍のような脚が紙都を串刺しにしようと迫った。よろけながらもなんとか避けるが、傷を負った身体は自分の体じゃないように言うことを効かなかった。


 牛鬼は後ろの2本の脚で体を支え、残りの前足で器用に紙都を追い続ける。壁が破壊され、粉塵が舞うなか、紙都がその脚に貫かれるのは時間の問題だった。


(くっ! このままじゃやられてしまう……なんとか、攻撃に転じないと)


 何度目かわからない埃が舞い上がると、紙都は一度真上に跳んでから壁を強く蹴って大きく飛翔した。刀に力を込めて、牛鬼のおぞましい顔めがけて大きく振り下ろす。


 しかし、隙を縫ったその斬撃は弾かれ、その衝撃で紙都はまた飛ばされてしまう。頭皮があまりにも硬すぎたのだ。


 床に落下したばかりの紙都目掛けて、容赦なく牛鬼の脚が迫る。背中を強く打ち付けてまだ動くことのできない紙都の瞳の中に黒々と光る刃が大きくなっていく。


 死を覚悟した瞬間だった。紙都の周りに強烈な風が巻き起こり、その体を吹き飛ばした。


「……牛鬼か……厄介な相手だな」


 舌打ちとともに発せられた聞き覚えのある声に顔を上げると、真白な長髪に同じ色の大鎌を構えた鎌倉颯太が立っていた。


「まあた、やられそうになってるのね」


「おお……紙都、本当に妖怪だったのか!」


 その後ろには柳田沙夜子に犬山蓮が。


 紙都は重い体を持ち上げてその場で立ち上がった。


「みんな、どうして?」


 沙夜子が前に進み、泣き腫らした顔を上げて腕を組んだ。


「なんでって、あんたが心配だからよ。散々うるさい音出して暴れまわってたから、また鬼になっちゃったのかと思ったじゃない」


 蓮もその横に並ぶ。


「紙都! まだ状況がよくわからねーけど、ピンチっぽかったから来たぜ。沙夜子さんは俺が守るから安心して戦え!」


 二人の間を割るようにして前に出た颯太は溜め息をついて口を開いた。


「鬼神御言は、別の場所へ移動してもらった。残念なことだが、俺がついたときには、もう息を引き取っていた」


 颯太の脳裡に自分のために祈ってくれた御言の顔が浮かぶ。今ならなぜ自分があのとき御言を殺せなかったのか、その理由がわかる。


「鬼神御言の埋葬はあとだ。今はーー」


 紙都も刀を構えた。


「ああ。ぬらりひょんを倒す」


 二本の刃が再び紙都に襲い掛かった。横へよけると、その隙に颯太が牛鬼の後ろから攻撃を試みる。


(風ではびくともしなかったが、これならどうだ)


 自身の後ろに風を発生させ、その勢いに乗ってすれ違いざまに大鎌を振り抜いた。


「チッ!」


 まるでコンクリートの壁を攻撃したような手応えが返ってきて、効果がないことを実感した。


「そんな攻撃では傷一つつかないぞ」


 頭上から声が降ってきた。声の主を睨みつけるが、涼しい顔をしたままで全く意に介する様子はない。


「馬鹿な奴だ。あのとき、森の中で刀を交えたときに私には勝てないとわかっていただろう。そこのできそこないの鬼に伸されてそのまま眠っていればいいものを」


 ペチャクチャと煩い奴だ。耳を貸す必要はない。まずは、目の前のコイツをなんとかしなければ。


 そう思った矢先だった。とんでもない攻撃が飛び出し、颯太の集中を途切れさせた。


「ぺちゃくちゃとうるさいわね、あんた!」


 柳田沙夜子がこともあろうに啖呵を切ったのだ。


「おい、バカ、やめ――」


「さっきは暗くてわからなかったけど、あんたあの妙な妖怪を私にとりつかせた男じゃない! 今度は何? こんな毛むくじゃらの気色悪い大蜘蛛に戦わせて自分は高みの見物気取り? あんた自分じゃ戦えないんじゃないの?」


 沙夜子の顔を巨大な影を覆った。それに気づき顔を真上にもたげたときには、もうすでに頭上から鋭利な刃物が振り下ろされていた。


「沙夜子さん!」


 3人の男が、一斉に飛び出し沙夜子の体を弾き飛ばした。牛鬼の脚が畳を破る。


「口に気をつけることだな、小娘。お前を葬ることなど造作もないこと」


 沙夜子は打ちつけた頭をさすりながら立ち上がると、変わらず視線をぬらりひょんにぶつける。


「だからうるさいって言ってんのよ! 『お前を葬る』? やれるならやってみなさいよ! だいたいすぐに暴力にしか訴えられないなんて、あんたよっぽど自分の行動に自信がないのね!」


「おい、女、いいから黙っとけ。また、あいつに狙われるぞ」


「あんたも女、女って! いい加減に人を名前で呼んだら? いい? 私はさ、や、こーー」


 また視界が暗くなり、沙夜子は颯太の風に飛ばされて攻撃を逃れた。


「いいから黙れ。また喚いても、今度は助けない」


 頭をさすりながら上体を起こす栗色の髪の少女を呆れた目で一瞥すると、颯太は禍々しい大蜘蛛へと向かっていった。


「大丈夫ですか? 沙夜子さん」


 囁き声に顔を上げると、爽やかな笑顔で手を差し伸べる犬山の姿があった。が、沙夜子はその表情の裏にある邪な願望を直感的に察知して、自らの手で起き上がった。


「そんなに警戒しなくても。いくらオレでもこんなときにそんなこと考えてないっスよ」


「誰も何も言ってないじゃない」


「あ……」


 犬山の反応を無視すると、沙夜子は腕を組んで目の前で繰り広げられる壮絶な戦闘の分析をはじめた。颯太に言われなくとも自分には見ていることしかできないことはわかっていた。声を荒げることがどんなに危険なことかも。


(……何回もこんな危険な目にあえば嫌でもわかるわよ)


 だが、それでも声を出さずにはいられなかったし、今もこうして逃げるわけにはいかなかった。逃げてしまえば、人間の、いや自分の尊厳が、そして私たちを守ろうとした御言の死したあとも残るその尊厳も奴らに奪われてしまう。


 沙夜子は細く長い息を吐いた。


(とはいえ、このままじゃ殺られてしまうわね)


 紙都と颯太はお互いを庇いながら果敢に攻撃を試みていたが、それらは全て弾き返されてしまっていた。今までどんな妖怪も切り裂いてきた紙都の一撃がまるで歯が立たない。


(……本来、蜘蛛の外骨格はさほど硬いものではないはず。なのにあの硬さ。顔は鬼だから硬いってわけ? やっぱり化け物ね。足先も鋭いし……でも、あの隠れている腹部はどうなのかしら。ああいう、這いつくばってるやつってだいたいお腹が弱点とか言うわよね。あれがジャンプした瞬間とかに上手く下から突ければあるいはーー)


「沙夜子さん、オレ、バカなんでわからないんスけど、一ついいですか?」


「何よ」


 この場に相応しくない気の抜けた声に思考を中断され、沙夜子は苛立ちながら返答した。


「あの蜘蛛みたいな化け物、沙夜子さんを2回も攻撃してきたじゃないですか」


「それが何!」


「でも、今は攻撃してこない。オレだったらまず弱いやつから狙いますけどね、邪魔だし。あれってもしかして音に反応してるんですか?」


「え、待って……」


 沙夜子は口元に手を当てた。


 確かに私が襲われた2回とも大声を上げたときに襲われた。あの化物は声に反応するということ?


「だとしたら、大声を出せばあれの注意を引き付けられる」


 その隙に紙都とあの男が同時に下から突けば、倒せるかもしれない。よし。


 沙夜子は再び大声を上げるために大きく息を吸った。


「かみーー」


 しかし、その口が犬山の武骨な大きな手で塞がれる。驚いたがすぐにその手をどけると、


「何するのよ! このエロいーー」


 と叫ぼうとしたが、その先は続かなかった。獲物を射るような冷たい双眸が紙都に注がれていたからだ。


「いやいや。そういうのは男がすることっすよ。俺がやります! どうすか? 少し惚れましたか?」


 そう言った犬山の顔はいつものようにニヤニヤとしていた。今垣間見たものは見間違いだろうか。


(いや、違う……)


 確かに一瞬紙都を見ていた。しかし、その理由を問い質す前に犬山は沙夜子から駆け足で離れて声を張り上げた。


「紙都に颯太とか言ったか! 今から俺がこのデカ蜘蛛の注意を引けるから、あとはお前らでなんとかしろ!!」


 本堂に響き渡るその声に向かって、今しがた紙都と颯太を襲っていた牛鬼が高く跳び上がった。


「蓮! 何を言ってるんだ!」


 地鳴りとともに大量の埃が巻き散らかされる。 紙都は目を丸くしたままその場所を凝視していた。


「大丈夫、だいじょうぶ~今までいろんな修羅場を潜り抜けてきたこの犬山! そう簡単にはやられません!!」


 蓮の態度に嘲笑が起こった。顔を上げるとぬらりひょんが口を手の平で覆う。


「おっと、失礼。よく立ち回りますねぇ、無駄な足掻きだと思いませんか? おっと、また牛鬼が」


 頭上高くから脚が振り下ろされ、複数の破れた畳が空中を舞った。


「ムダだとは思わないよ。一見ムダと思う情報や出来事がターゲットを落とすことにつながるんだぜ? 効率優先主義じゃ恋愛は上手くいかねーよ」


「あいつ何言ってんだ?」


 遠巻きに様子を窺っていた紙都は、蓮を止めさせようと足を踏み出す。その肩にポンと手を置いて颯太が紙都を制止した。


「待て。あいつの意図がわかった」

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