壱
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「……おかしい」と一人ごちると、犬山蓮はブラック一色のスマホでメッセージを打ち込んだ。
『何がおかしいって、沙夜子さんにつけた発信器が全然動かないんだ。たぶん、俺のカンだけど、沙夜子さん、今紙都の家にいるな』
「紙都の家……だと?」
自分で作った文章に自分で突っ込む。紙都の家にいるということは、まさか紙都のやつとあんなことやこんなことを!
〈どしゃ降りの雨でびしょ濡れになった二人はそのままーーなんてこと許してたまるか!〉
「いや、ちょっと待て、落ち着け。クールダウンだ落ち着け」
最近変な女に付きまとわれているとはいえ、なんて妄想をしてしまったんだ。紙都にそんな度胸はない。それに御言さんもいるし。いや、もしや御言さんの公認で!
あらぬ妄想を膨らませる犬山が手に持ったままのスマホがブルルと振動した。画面を切り替えると、メッセージを送った吉良から返信が来ていた。
『……なに言ってるの?』
そりゃそうだ。
『すまん。取り乱してた。とにかく発信器が動かなくなってしまったから、鬼救寺に行こうと思っている。俺の嗅覚がそう告げている』
『犬だけに』
『そう、犬だけに! 吉良も一緒に行こうぜ! 実はもうお前の家の前に来てるんだよ』
『……いや、僕は行かない。というか行けない。まだ雨が降ってるだろう?』
犬山のビニール傘に大粒の雨が落ちる。妙な寒気に背中がゾクゾクとする。犬山はスマホを耳に当てると、発信音に耳を済ませた。
「はい、もしもし」
「聞こえる通り、どしゃ降りです」
「怖いんだ……窓を開けたらまたあれが現れるんじゃないかって」
吉良は震える声を絞り出す。脳裏には学校で見たあの鬼女の姿が嫌がおうにも浮かび上がる。耳元まで裂けた口に子どもの生首を持つ手。窓ガラスにはべっとりとした赤い、赤い血。
「そうか。やっぱりお前もか」
顔を上げて傘から透けて見えるのは、窓一面をびっしりと覆ったカーテン。
「とにかく、俺は鬼救寺に向かう。この雨は……当分止みそうにない」
「じゃあな」と通話を切ると、犬山は夜の中へ走り去っていった。常闇のような深い深い闇の中へ。




