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耳障りな雨音を抜けるように紙都と沙夜子は鬼救寺に向かってひた走っていた。断続的に落ちる雷と降り続ける雨が焦る気持ちを一層急かす。
ただ、御言の元へ急ぎながらも、紙都には横を走る沙夜子にどうしても確認しておかなければいけないことがあった。
「沙夜子、お前、どうやって助かったんだ?」
あのとき。狂ったような、いや完全に狂っていた沙夜子は確かに鬼面仏心で自身の喉を突き刺し、心臓の動きも止まったはずだった。
「さっきも言ったけど、御言さんの結界陣のおかげよ。死にかけの私の身体に結界を張って自然治癒力を極端に高めたって言ってたわ。あと、私の身体に取り憑いた妖怪を追い出してくれた」
「妖怪?」
「気づかなかったの? 私があんたにあんなこと言うわけないじゃない! 御言さんが言うには累という妖怪が私の身体に入り込んでいたらしいわ」
そう話した途端、沙夜子の身体に虫酸が走った。まるで何かに寄生されたかのように少しずつ身体だけでなく意識も感情も奪われていく感覚を思い出したのだ。紙都の苦しそうな顔を見ながらも心と裏腹の行動を取らされてしまう自分。それがいつの間にか紙都への怒りや憎しみも伴うものになっていき、相反する気持ちが渦巻く中でひたすら紙都の行動を妨げないように願っていた。
それが、自分の喉を自分で突く、自ら命を絶つ行為にまで結びつくという結果となった。累は、憑依した人間の愛する者、信頼する者を破壊する性質を持つ妖怪だった。悲劇をもたらす妖怪とも言える。
「そうか……それならいいんだ。急ごう沙夜子!」
「もう急いでるわよ!!」
結界陣を使ったあとの御言の表情が微妙に変わっていたのを沙夜子は気づいていた。無理をしているような、疲れたような顔。
胸がぎゅっと締め付けられるような嫌な予感がした。
(……お願い。どうか、どうか無事でいて!)
暗闇に浮かぶ鬼救寺の前に二つの影があった。
「御言さん!!」
走りながらあらんかぎりの声で名前を呼ぶ沙夜子の大きな瞳に、一つの影がスローモーションのようにゆっくりと倒れゆく姿が映る。
そのか細い身体は、その長い髪はーー。
「ちょうどいいタイミングで来たね。今まさに、鬼神御言を殺したところだ」
目の前の状況が処理しきれず思考が停止した沙夜子の横で、怒号が空気を震わせた。




