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**********


 一人、泣いている小さな男の子がいた。いつから泣き始めているのかわからないが、その涙は留まることなく次から次へと溢れ出ていた。


 周りには誰もいなかった。もう夜もとっくに更けた暗闇の公園のブランコで、昼間は多くの子どもで賑わうブランコで男の子はひたすら泣いていた。


「……なんだ、これは……」


 鎌倉颯太はそんな光景を先刻からずっと眺めていた。テレビの映像でも見ているように触れることはできない。ただ、映像と違って草木の匂いや髪をなぜる風はリアルに知覚された。確か自分は紙都たちと戦い、斬撃を受け倒れたはずではなかったか。それに、この子供はなんなんだ。そんな疑問をずっと繰り返していた。


 男の子はなおも泣き続ける。声はとっくに枯れて呻き声のようになっても涙は途切れないようだ。


「何が悲しいか知らんが、目障りだ」


 鎌倉は男の子を殺したい衝動にかられた。しかし、殺すことはできないどころか目を瞑り、耳を塞いでもなぜかその姿も声も消えなかった。


「なんなんだ一体」

 

 地べたに座り込んで鎌倉は男の子に目をやった。小学校に上がるか上がらないかくらいの年齢。服はところどころ擦りきれており、中から傷痕が窺えた。背は小さく見るからに弱そうな体格。虐待か苛めにあっているのかもしれないが、そうされても仕方ない外見と雰囲気を持っていた。


 と、急に男の子が泣き止んだ。その場でおもむろに立ち上がるとブランコを漕ぎ始めた。


「何やってんだ」


 スピードはどんどん上がり、男の子は今にも地面に落ちそうだった。それでもなぜか歯を食い縛りながらブランコを漕ぎ続けーーやはり無茶だったのか派手に転げ落ちてしまう。


「馬鹿か」


 男の子は起き上がると地面の砂を思いきりつかんで投げ捨てた。何度も何度も何度も。そして、空を見上げ恨めしそうな瞳で叫び声を上げた。


 そして男の子は静かに言った。


「……なんで一人ぼっちなの? なんで誰もいないの? なんでみんな」


 助けてくれないのーー。その言葉を鎌倉はどこかで聞いた覚えがあった。遠い昔、どこかで……。


「……そうだ、あれは……俺だ」


 昔の自分。誰からも愛されず、誰も信用できず、かといって一人では生きていける力もない遠い過去の自分だった。


「嘘だろ?」


 なんであんなに弱々しいんだ。なんでこんなにムカつくんだ。なんであんなに哀しそうなんだ。


 そんなはずない。俺は強かったはずだ。誰に迫害されても、一人で生きてきたはずだ。だから、俺は殺したんだ、いや、殺せたんだ。皆殺しにしたはずだろ? 家族も兄弟も周りにいる人間全て!


 目の前の場面が転換し、ポタポタと垂れる血が床に壁に天井にあちこちに飛び散った部屋の真ん中で鎌を持った少年が佇んでいた。


「そうだ! 俺は殺したんだ、全員! これで俺は自由にーー」


 少年が鎌倉の方へ顔を向ける。血塗れのその顔には透明な涙が月明かりに照らされて光っていた。


 鎌倉は頭を抱えた。


「そんなはずはない! そんなはずは……」


 言葉では否定してもさめざめと甦った記憶は嘘をつけなかった。


 少年は最後に自身の母親を部屋の隅に追い込んだ。土下座で命乞いをするその母の首元に刃先を突き付け、少年は「俺を産んでよかったか?」と一言。震えながら顔を上げたその瞳は、恐怖に歪んでいた。


 刃が肉を断つ音とともに真新しい血が少年の顔に飛び散る。


 その血がそう見せたのか、滴り落ちる涙は血のように真っ赤に染まっていた。


 鎌倉は口から血が垂れるほどに唇を噛み締めていた。顔を覆った血管が浮き出た繊細な白い手の隙間から覗く瞳は絶望色に変わっている。ーー少年は世界に復讐を望んだのではない、ただただ世界に認めてほしかったのだ。


 はっと目を覚ますと、その瞳に自分の顔が映るくらい間近に鼬が寄り添っていた。軋む身体を無理矢理動かしなんとか上体だけ起こすと、紙都と沙夜子の視線とぶつかる。


「……なぜ、殺さなかった」


 当然の疑問を投げ掛ける。自分なら必ず殺していただろう。死闘を繰り広げた相手を殺さないというのは到底信じ難いことだった。


「その鼬がお前を庇うように俺たちを睨み付けてたから、殺す必要はないかなって」


「私はせめて戦えなくなるぐらいにボコボコにしとけって言ったんだけどね」


 沙夜子はこめかみを指で押さえながら溜め息を吐いた。


「……それだけ、か?」


「それにお前は、無駄な殺戮をするわけじゃないだろ」


「私は殺されそうになったけどね」


「そのときは俺が守ればいいだろ」


 沙夜子は紙都の肩を思いきり叩いた。


「……調子に乗ってんじゃないわよ」


 二人のやり取りを見ていた鎌倉は全身の力が抜けたように再び仰向けに倒れ込んだ。閉じた瞼の裏に御言の姿が浮かぶ。


 冷たい雨がなぜか心地よく感じた。

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