伍
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交通機関が発達した今でこそ移動は容易になったが、もともと南柳市は海と山に隔たれ人の立ち入りが困難な地域だった。多くの人々は山道を通ることでこの地へ足を運んだ。
木々が多く繁り、虫の声すら無い暗闇の山奥深くに突如一陣の風が吹いた。周囲の木々を薙ぎ倒し、顕になった地面に一人の男がふわりと降り立った。
背は170前後。肩まで垂れた黒髪を後ろで縛り、髪に似合う色白の細面は可愛らしい中性的な顔立ちだが、その瞳は孤高の月のようにひどく冷たかった。
「ここが南柳市、か」
男は手に持っていた得物を肩に掛けて、そう呟いた。
その声に反応して刃がもぞもぞと動き、一匹の小動物が男の肩へ移動した。
男はその柔らかい毛を撫でる。と、突如得物を振り回した。真円を描くように空を舞うそれが、ぶつかり合う金属音とともに止まる。
「ほう、さすがですね」
暗闇で姿は見えないが、自分と同じ妖怪の類いだと男は確信した。それに相当の実力を持っているということも。
「殺す」
そう言い放した男の声には何の感情も込もっていなかった。戸惑いも怒りも殺気すら感じられないーーむしろ穏やかにすら聞こえる低い声だった。
腕がふっと軽くなった。相手が刃をしまったのだ。
「まあまあ、そう慌てず。今のはちょっとした冗談というか挨拶ですよ。それに、やり合ったらどうなるかわかるでしょ?」
そう言う男の目が怪しく光った。舌打ちをすると、男は持っていた鎌を畳んだ。
「おー面白い構造ですね! 持ち運びやすい」
「そんなことはどうでもいい。用件は?」
「せっかちな方だなぁ。早死にしますよ?」
「それならそれで構わない」
男はまた無感情のまま返した。
「いや、ちょっとした頼みごとをね。そうだな、まず、ある人物を殺してほしいんですよ」
「殺す? お前がやればいい」
「いやいや、そうできない事情がありまして。私にもやらなきゃいけないことがあるんですよね。だから、あなたに依頼をね、鎌倉颯太くん」
名を呼ばれて男は眉を潜めた。
「お前、なんで俺の名を?」
「調べたんです。他にも、そうだな、あなたのご両親、事故で亡くなっていますが、実はーー」
「それ以上しゃべるな」
男の声が一段と低くなった。近くにいるだけで貫かれてしまうような殺気が放たれる。
「おや、やっと感情が見えましたね。いやいや、感情がないのかと心配しましたよ。悪いようにはしません。むしろ、あなたの望みと共通していると思いますよ」
「誰を殺りたいんだ?」
「いやーやはりせっかちな方だ。その男の名は鬼神紙都。あなたと同じ半妖の存在です」




