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あやかし鬼譚~現代百鬼夜行絵巻  作者: フクロウ
第三話 火血刀
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**********


 蝋燭(ろうそく)の火がぼんやりと辺りを照らし出した。黴た匂いが鼻につく。人一人が通れる細い一本道。ゴツゴツした岩壁を手探りで進むと、一際広い空間に出た。


 蝋燭を掲げると遠くに書類の束が5、6個並べられた机が浮かび上がった。


「これだ」


 紙都は小さく呟くと、奥へと進む。


 帰ってすぐに記憶のことを御言に問い質すと、ため息を一つ吐いて料理中の自身の母はこう言った。


「なぜ私があなたの父親やあなたの鬼化のことを覚えているか、それが答えよ」と。そして、その秘密が父の遺したこの書斎にあると。


 家にこんな隠し部屋があるなんて全く知らなかった、と紙都は思った。書斎と呼べるのかすら怪しい手作り感満載のこの小部屋は、境内の本堂に置かれている千手観音像の下にあった。


 首から上が簡単に外れるような仕組みになっており、そこから繋がる梯子を降りるとたどり着く秘密基地のような構造になっている。


 梯子を降りながら罰当たりなと思ったが、そもそも鬼救寺の本尊は紙都の扱う刀「鬼面仏心」なのだ。とは言え、それを振り回すのもどうかと思うが。


「父さんはいったい何を考えてたんだか」


 そう一人ごちて紙都は机の脇の簡素な作りの燭台に蝋燭を置き、書類の解読に取りかかった。


 静かな地下室に紙を捲る音だけが聞こえた。初めて見る力強い父親の字に触れながら、その思いを確かめるように一枚一枚探っていく。


 小一時間ほど作業に没頭したところで、それぞれの紙の束が無作為に置かれたものではなく、きちんと分類されていることがわかった。


 接触した妖怪の記録、接触した人間の記録、仏教関連の記録、剣術や格闘術など戦闘に関する記録、鬼や妖怪に関する記録、そして日誌。


 そのなかで鬼や妖怪に関する記録を見ていく。『鬼の特徴に関して』、『鬼の能力』、『一際高い殺戮能力と破壊衝動に関する一考』、『妖怪と人間の差異』、『妖怪と人間の共存に対する考察』ーー。


「『妖怪の記憶について』。これだ」


〈通常、人間が妖怪と接触した場合、個人差はあるものの一定時間経つとその記憶はなくなり妖怪が起こした現象も妖怪が存在しなかったものとして改竄される。


 それ自体の原因もまだ特定できていないが、何度も妖怪と関わり合う者は、次第に記憶を鮮明に保つようになり、定期的に妖怪と付き合う者は完全に記憶を保っている。


 それ故に古来から妖怪に対抗する人間集団とのたたかいが繰り広げられてきたわけだが、このこと(人間が妖怪の記憶を所持すること)自体は妖怪と人間が共存できる可能性を示唆してもいるのではないか。


 ーーその論考はひとまず置いておくとして、妖怪の記憶に関しては次のことが言える。


 ①妖怪と人間の単純接触回数が多ければ多いほど記憶は定着されやすい。


 ②人間の記憶は「忘れる」ということはなく、「思い出す」際に上手く照合されないために「忘れた、思い出せない」という現象が起こる。そのため、妖怪の記憶は「思い出す」機能に何らかの作用を及ぼすものと考えられるが、妖怪との接触が増える度に神経ネットワークが強化されるため、記憶が定着していくものと考えられる。


 ③したがって、妖怪の記憶はなくなるのではなく小さくとも確実に蓄積されていくものと推察される。〉


「そうか、だから母さんは当たり前のように記憶していて、沙夜子や蓮も何かあったような感覚が残っていたのか。でも、だとすると」


 紙都はボサボサの頭をかきむしった。


「鬼化するたびに記憶が定着してしまうってことじゃないか!? なんでこんな大事なこと教えてくれなかったんだよ!」


 散らばった紙の中にふと紙都の視界に入ったものがある。


〈戦う理由がはっきりした。南柳市の秘密をようやく突き止めることができたのだ。この地がなぜこんなにも怪異が多いのか。過去、と言っても相当に古い。おそらく呪術がまだ日常的に行われていた時代に呪術師らによってこの地に呪いが施された。結界と言ってもいい。〉


 紙都は父親の足跡が書かれたその紙を素早く手に取ると、一心不乱に読み進めた。


〈それは現在、南柳市にあたるこの全域を妖怪の住まう地獄にすることで、妖怪の出現を限定的なものにするための術。その結界が張られて以降、南柳市は現世の地獄として妖怪の出現が多発する地域になった。

 しかし、何度も戦いが繰り返されるうちに妖怪が減り、多くの人が住み着くようになって南柳市を正常化させようとする動きが現れる。地獄とするための結界を逆利用し、妖怪を封印し、人間を守る結界にしようとする試みだ。〉


 紙都は次のページを捲った。そこには整ったキレイな字が綴られていた。


「これは、母さんの字か」


〈数ある陣術のうち、おそらく使用されたのは東西南北を結び、その中心に強力な結界をつくることで結ばれた地域全体を結界にする四蘊結界。そして、この鬼救寺がその中心になったと考えられる。

 試みは成功した。けれど、元々高かった妖怪の出現率ゆえに怪異を完全に消すことはできなかった。それでもこの地は他の地と同様に栄えていく。

 が、いつからかこの結界を壊し、元の地獄へと変えようとする者が現れた。それがーーぬらりひょん。おそらくぬらりひょんは、南柳市の封印を解くだけでなく、日本全土への妖怪の出現を企んでいる〉


 あいつだーーと、紙都はそれが何者なのかすぐに悟った。校舎の中で刃を交えた妖怪、ネット上で沙夜子を誘き寄せて危険な目に合わせた妖怪、目的遂行のために青柳や荒関、関係ない人間を操って殺した妖怪。


「あいつがぬらりひょん」


 紙を持つ手が震えていた。怯えではもちろんない。それは純粋な怒りから来る震えだった。


 紙都は日誌を後ろ手に投げると、その手を口元へ持っていき、鋭くなった歯で指を思い切り噛んだ。


 滴る血が一週間前のぬらりひょんとのやり取りを思い起こさせる。


 引き出された刀を携えると、紙都は足早に地下室をあとにした。

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