弐
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「『女子生徒自殺、交際した男性教師が失踪。校庭の異変いたずらの結論』だって。なんだか腑に落ちないわね」
沙夜子は、読み上げた地元紙をくるくると丸め部室のゴミ箱へと放り投げた。丸まった新聞がゴミ箱に吸い込まれるように入っていった。
「おーさすが沙夜子さん 運動神経も抜群ですね」
犬山の言葉に続くものは誰もいなかった。みな一様に疲れた顔を浮かべている。ーー1人を除いては。
開け放した窓から外を見るふりをしていた紙都の額には、暑さのせいだけでない脂汗が浮かんでいた。
一週間前の夜起きた出来事は、オカルト研究部の面々に大きな衝撃を与えたが、同時に紙都の体にも大きなダメージを与えていた。
紙都はまだ少し痛む下腹部をさすった。
妖怪の記憶はなくなるとはいえ、結果として受けた体の傷は残る。紙都の母親である御言によれば鬼の力によって驚異的な早さで回復を果たしたらしいが、学校への登校は一週間後の今日となってしまった。
机を叩く大きな音が聞こえ、紙都の体がピクッと動いた。
「やっぱり変よ! 私たちが行動しようと思った次の日に自殺と断定されて、その原因も特定されないまま、荒関が来ないと思ったら失踪していて、校庭の木が全焼、それがいたずらで、それに――」
ジロリと紙都を睨む沙夜子。
「紙都! 大怪我して一週間も休むって何なのよ!」
「い、いやだから、下校中に転んだら運悪くガラスの破片が刺さって――」
「そんなギャグ漫画みたいなこと起こるわけないじゃない! いったい何があったの? さっさと吐きなさい」
ツカツカと紙都に詰め寄りながら沙夜子は早口でまくしたてた。目の前に怒り心頭といった形相の顔が迫った。
「いや、だから、その」
(マズい、さすがに誤魔化せないか……もっとなんか違う言い訳を)
紙都が頭をフル回転させて嘘を考えていたそのとき、静かに部室のドアがノックされた。沙夜子が舌打ちをする。
「こんなときに! はい、どうぞ~」
すみません、と小さな声とともに入ってきたのは藤澤だった。
「藤澤さん」
驚きの声を上げた沙夜子は、しかしすぐに俯き肩を落とした。
「ごめんなさい、なにもできなくて」
「あっ、いや違うんです。みなさん、特に鬼神くんにお礼を言いに来たんです」
そう言うと、藤澤は体の向きを変え、真っ直ぐに紙都の目を見つめた。紙都はどぎまぎしながらもその目を見つめ返すしかなかった。
「新聞ではあんなことが書いてあったけど、私、真相は違う気がするんです。と言うよりも真相はもう知っているというか……一週間前のあの事件があった夜に、私、百合に会えた気がするんです。そこで真実を聞いて……何を言ってるかわからないかもしれないんですが、とにかく今はスッキリしているんです。それで、それが鬼神くんのお陰……のような気がするんです。変なんですが」
「い、いや 変じゃないスよ。俺もそんな感じがしてて、なあ、部長」
パイプ椅子に座ってじっと本を読んでいた吉良はコクンと頷く。
「全員そうなのね。実は私もそうなのよ。だから報道にしっくり来なかったの。なにか無理矢理辻褄を合わせたみたいな、そんな感じがしたから、今このウソつきを問い詰めようと思って」
「ウソつき?」
藤澤は瞬きをして小首を傾げた。
「えっと、その……だから……えーつまり、その」
言えない。言えるわけがなかった。実は自分が半分鬼で半分人間の半妖で、事件は全部妖怪のせいで、荒関は妖怪が成り済ましていて、その妖怪はどこかに逃げて、なんて口がさけても言えるわけがない。
(危険な目に合わせてしまうかもしれないし、なにより……)
半妖であるなんて知ったらみんなどんな反応をするんだろう。拒絶するのか、それとも――。
紙都の脳裏には一週間前のあの夜、沙夜子や犬山が自分の横に並んでくれた光景が浮かんでいた。
――何のためらいもなく、堂々と自分を受け入れてくれるのだろうか。
「なによ やっぱり隠し事があるんじゃない、紙都」
沙夜子の声に顔を上げ、楽しんでいるような意地の悪いようなどちらとも取れる笑みを浮かべた。
「さっさと白状しちゃいなさい」
「お、俺は……」
言ってしまえばあっさり受け入れてくれるかもしれない。沙夜子はずっと怪異を探していたはずだ。それが目の前にあるとすれば、受け入れるどころ興味津々で根掘り葉掘り聞いてくるんじゃないか。もしかしたら――。
「じ、実は俺はよ――」
再びノックの音が紙都の言葉を途切れさせた。さっきよりも荒々しいノックと同時に一人の女子生徒が「助けて」と部屋になだれ込んできた。
「もう、今度は何事よ!」
「彼氏が、武安が妖怪に殺された!!」
そう言うと、赤みがかった茶髪の女子生徒ははそのまま床に倒れ込んでしまった。