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あやかし鬼譚~現代百鬼夜行絵巻  作者: フクロウ
第一話 その始まりの日の雨
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**********


 その日は早朝から静かな雨が降り続いていた。深い溜息が雨の匂いが染みる木造の狭い部屋にこもっていく。


「あー! 鬱陶しい天気だな!!」


 鬼神紙都(きじんかみと)は手の甲で額の汗を拭うと、手近にあった団扇を顔に向けて扇ぎ始めた。少し癖っ毛のある黒髪はベタついている。


 月は8月、季節は夏。いかに太陽の光を遮ろうとも、暑さは対して変わらない。むしろ、いつもよりも蒸し暑くすら感じていた。こんな蒸し暑さの中で何時間もスマホをいじっていれば、イライラするくらい暑く感じるのは当たり前のことだった。


 だからといって、やめるわけにはいかなかった。紙都は今、子どもっぽさの残る丸い瞳を大きく開いて妖怪出現場所の目星を立てているのだから。


 妖怪。(あやかし)。物の怪。いくつか呼び名のあるその存在は、人がまだ科学的な知識を持たない時代に自然への恐れ、畏怖、感謝の気持ちからつくられた想像上の生物――果たして生物と言えるかも定かではないが――であると思われている。


 紙都もごく普通にそう思っていた。あのときまでは。


 偶然か必然かそれはまだ判別できないでいるが、あのとき滅多に行くことのないあの森へ足を踏み入れ、そしてその目で見てしまったのだ、それを。


 昔から手つかずのまま残された何か曰く付きの森だった。「忌の森」と呼ばれた森。夜には誰も近寄らないその森に足を踏み入れたのは、ひとえに噂を確かめるためだった。


 「行方不明だって……」「忌の森で?」ーー紙都が通う南柳高校では、ここ数日ある噂でもちきりだった。つい一週間前程に森の曰くとやらを知った若者4人が、面白半分に森に入ったきり帰ってこず行方不明になったという噂。


 実際、テレビのニュースでも流れており、警察が捜査をしていたりもした。ところが一向に捜査が進んだ話は聞かなかった。


 「忌の森であなたの父親は死んだ」らしい。その事実を知ったのは自身が物心ついた頃で、当時の記憶はほとんど残っていなかったが、紙都は父親の件と今回の件に何か繋がりがあるような気がしていた。その勘は、見事というか残念というか当たってしまったのだ。


「お! 新しい書き込みがある!」


 掲示板「妖怪事件簿」では、南柳市を含む県内全域の妖怪絡みの情報交換がなされている。情報交換と言っても、県内で起きた様々な事件を勝手に妖怪の仕業と結びつけて語り合うだけなのだが、どうもその中に真実の情報が紛れ込んでいるようなのだ。


「サヤ

 8月21日 14:37

 ―――――――

 それって「忌の森」の事件かな? 私の知り合いが朝早く行ったら、妙にへこんでいる所があって、何か巨大なものが倒れた跡みたいって言ってたけど…」


「これだ!」


 紙都は団扇を放り投げると、汗が滴り落ちるのも気にせず文字を打ち込んでいく。


「ヌカヅキ

 8月21日 14:38

 ―――――――

 もっと詳しく教えて」


「サヤ

 8月21日 14:40

 ―――――――

 うーん、実際に見たわけじゃないから、それ以外はわかんないな~」


「ヌカヅキ

 8月21日 14:41

 ―――――――

 ありがとう。その情報だけで何かわかる妖怪いないかな?」


「サヤ

 8月21日 14:42

 ―――――――

 ごめん、思いつかないや(>_<)」



「あー、そっかぁ」


 そう言いながらも一方でそうだろうなと納得していた。これだけの情報でわかるやつがいれば、よほど妖怪に詳しいかそれともーー。



「……まあ、それはないな! お、また書き込みがある!」


 新しい書き込みは別人物からだった。


「通りすがりの妖怪

 8月21日 14:50

 ―――――――

 そのへこみってどんな感じなんでしょう? 一つなのか二つなのかとか、何か他の特徴とかわかりますか?」


「サヤ

 8月21日 14:51

 ―――――――

 今ちょうど確認してました! そうです! 道の真ん中に二つへこみがあって、あとは、確かじゃないですけど、うっすらと巨大な足跡みたいなのと手の跡みたいなのがあったみたいで」


「足跡に手の跡……」


 暗闇だったせいもあるし、無我夢中だったせいもあって、紙都の中では昨夜の出来事は夢を見ていたかのように曖昧だった。それでも、朧気ながらその巨大な足跡と手の跡に付随する記憶は残っている。


「通りすがりの妖怪

 8月21日 14:53

 ―――――――

 なんだかあの妖怪が思い浮かびますね。確か…「足長手長」とか言う」



「足長手長!?」


 紙都は、興奮のあまり思わず叫んでしまっていた。雨音がどこか遠くで聞こえる。


 その台詞と全く同じ文言が掲示板に投下された。


「通りすがりの妖怪

 8月21日 14:55

 ―――――――

 確信はないんですけどね(^_^;) なんなら今日の夜みなさんで一緒に見にいってみませんか?」


「は!?」


 紙都の指が再び素早く動いた。だが、打ち終わる前に次の書き込みが画面に表示されてしまった。


「サヤ

 8月21日 14:56

 ―――――――

 面白そう! 私、行きます!」



「マジかよっ!」


(何でこんな得体の知れない誘いに乗るんだコイツは!)


 こうなってしまった以上、紙都の取るべき道は一つしかなかった。


「ヌカヅキ

 8月21日 14:57

 ―――――――

 僕も参加します。時間は?」


「通りすがりの妖怪

 8月21日 14:58

 ―――――――

 深夜0時、森の入口でどうでしょう」


 紙都は首元の汗を拭いながらじっとその書き込みを眺めていた。ややあってスマホの画面を消すと、諦めたようにそっと息を吐き、重い足取りで部屋を出ていった。

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