壱
雨が弱まった。途端に視線が鋭く当てられたのを白装束から覗かせる肌が直接感じる。ゾワッと鳥肌が立つような、足先から手先まで先程まで鳴り響いていた雷が貫通したような形容しがたい不気味な感覚が襲う。先刻から相対しているはずのそれは間違いなく世界から分離した一体の獣のはずなのだが、今は切り裂かれた衣服の隙間から多量の眼で全身を除かれているような錯覚を覚えていた。
(ーー一筋縄にはいかないのはわかってはいたけどね)
右手を顔の前で翳す。何度も繰り返し行った動作だが、その度に形状が変化し正体がまるで掴めなかった。より正確に言えば何もしない状態の形態は猪のそれに似ているのだが、こちらが陣を施そうとするその瞬間に霧散したかのように形態が崩れてしまうのだった。例えて言うのならば、群れることで身を守ろうとする鰯の大群。その不気味さを加味するならば灯りに群れる虫の大群とも言えるだろうか。しかも実際に行動に移そうとするよりも速く、思考した段階で脳に送られた微弱な電気信号を把握しているかのようにその変化は起こるのだ。陣を組む以前の問題だった。
それに加えてもう一つ厄介なのはーー。
【ムだダ。オマえ二わタしはころセナい】
雨が服に染み込むように思考に入り込むその言葉だった。言語ではあるものの言語よりもさらに生々しい感情を直接送り込まれたような言葉の塊がしばしば考えを途絶させ、じわじわと集中力を奪っていた。
【しンだのダ。やツは。おマえも】
「……うるさいわね」
こうしていちいち言葉を追い出さなければならなかった。そうしなければ言葉が満ちて、やがて氾濫しその渦に呑み込まれていってしまう。「禍」のその渦に。
しゅん、と静まり返った暗雲のような木々が風に揺られてざわめき始める。
「あいつはきっともう死んだ。だけど、だからこそ私はあんたに勝ってみせなきゃいけないのよ」
(……そうでしょ。紙都)




