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あやかし鬼譚~現代百鬼夜行絵巻  作者: フクロウ
第十一話 雷解き
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 耳に飛び込んできたその言葉を噛み砕くまでにおよそ3秒ほどかかった。額に当たった雨粒が頬を伝い、地面へと落ちていく。


「亡くなった? 死んだってのか!?」


「残念ながら」


 黙祷するように目を閉じて頭を垂れると、梓ははっきりとそう告げた。それでも、事実を否定したいのか堰を切ったように言葉が口をつく。


「あいつが、あいつはーー頭も切れるし立ち回りだって! それなのに、死んだってのか!? あのくだらない九尾に殺されたってのか! だって、戦い方もわかってたはずだろ。あいつなら十分対策を練って戦ったんじゃねえのか!? 殺られるわけが、殺されるわけが、負けるわけがねぇじゃねえか!!!!!」


 蓮の胸に当てられた手に力が込められる。


「どうか、落ち着いてください。どんな戦いが行われたのかはわかりませんが、戦闘の末に九尾を倒して亡くなられたのは確かです。負けたわけではないのです」


「死んだら負けだろうが! あいつは、あいつは死んじゃいけないやつだったんだぞ!! くそっ!」


 蓮の大きな手が梓の手を払い除けた。襲い来る痛みに顔を歪ませながら立ち上がると、そのまま木を伝い、屋上へ飛び上がり校舎の外へと飛び降りていく。


「待ってろ!! 今向かう!!!」


 制止する声は風のように駆けていく蓮の耳にはもはや届かなかった。無音の泡の中に包まれたかのようにやけに静かな景色のなかで、自分の心臓だけがドクンドクン、と早鐘を打っていた。



 どのくらい時間が経ったのか。およそ世界から隔絶されたように感覚が麻痺していて判別がつかなかった。空は相変わらずしめやかに細雨を降らし続けるだけで何の表情の変化も見せてはくれない。暗がりだけが、どこまでも際限なく広がるような暗がりが周囲の全てを塗り潰しているようだった。


 その暗がりの中で目を凝らすとその姿は浮かび上がる。鬱蒼と茂る木々の間にもはやその一部と化した今にも朽ち落ちそうな呪われた廃病院が。以前来たときよりも格段に重苦しいその空気は肌に張り付き、鼻や口を通して内蔵までをも絡め取ろうとする。


 蓮は鼻をひくつかせた。消えることのない焦げ臭さは嗅ぎ取れるが。


(あいつの匂いはしねぇ。まさか本当に……いや、あいつが戦うなら風を扱うはず。匂いなんて吹きとんじまう。大丈夫だ。大丈夫だ!!)


 その考えとは裏腹に鼓動が落ち着かない。


「くそっ! うるせぇよ!!」


 塞がったばかりの傷口を拳で叩く。その痛みで無理矢理感情を静め、そのまま開け放たれた入口の扉を潜り抜けて外よりもなお暗い廃病院の中へと駆け込んでいく。


(どこだ? どこにいる?)


 匂いはまだない。あるとすれば二つの独特の匂い。一つは京極家のあの白装束の匂いにもう一つはーー。


 入口から真っ直ぐに突き進んだ先の部屋。


「霊安室……」


 焼け焦げた死体が積み重なっていたその部屋の中に、たしかに鼻をつくような焦げ臭さと血の臭いとは別に二つの匂いが存在していた。


(二つ。二つだって?)


 京極家ともう一つは覚えのある匂いだった。獣特有の匂いと混じって妖怪のその臭いが発せられている。そんな匂いを身に纏うのは蓮の知る限りたった一匹しかいなかった。


「……ウソだろ」


 あいつはいつも側にいた。何があっても離れることはなく。


「そうだ。貂はあいつと一緒にいるはずなんだ」


 弾んだ息を整えることもなく、蓮は扉を開いた。絶望色に塗られたその扉を。


 そして、蓮の予想した通り、部屋の片隅に貂と鎌倉颯太が並んでいた。


「!! あなたは、犬山の!」


 白装束が驚いたように振り返る。反響するその声に反応することなく、蓮は颯太の元へと跳躍した。


「なぜ、あなたがここに! まだ治療中ーー」


「死んだんだな」


「えっ?」


 あまりの声の小ささに聞き取れなかったのか、京極家のその者は聞き返してしまった。


「死んでるんだよ。こんな至近距離にいるのに匂いが全く感じられねぇ。こいつの体にはもう意思はなく、ただの土塊になった」


「……私が着いたときにはもうすでにこの状態でした」


「この状態って。貂がこんなにでかくなってたってことか?」


「そうです。目を見張りました。何があったのかは推察することしかできませんが、おそらくはその妖怪が九尾をーー」


「わかってる。九尾を喰ったんだろ? 食い千切られた下半身だけそこに捨て置いているからな」


 白装束のその京極の男が息を呑むのがわかった。


「あんたは、託したんだ。九尾を殺すのを。刺し違えるほど相手は強かったってのか?」


 貂は微動だにしなかった。無防備にも初めて見る穏やかな顔を浮かべる主人の側から。まるで怒りの感情を抜き取ったように安らかだった。


「あんたは、確かに勝ったのかもしれない。だけどな。なんで、死んだんだ? どうして死を選んだ。逃げればいい、助けを呼べばいい。せめて声を上げてくれよ。オレはーーオレらは絶対に駆け付けた」


 震える手を壁に打ち付けるも震えは止まることがなかった。悔しさなのか怒りなのか歯痒さなのか、説明できそうにもない真っ黒の塊が胸の辺りをぐるぐると渦巻く。


「なに幸せそうな顔してやがんだ! てめえは死んだらダメだろうが! どんな過去があったのか知らねぇけど! どんな思いで戦ってきたのか知らねぇけど!! てめえは死んだらダメだろうが!!!」


「お、落ち着いて!! ここで喚いたってもうどうにもならない!!」


「うるせぇ!! てめえだって紙都と戦ったんじゃねぇのか!? あいつと戦って、前を向こうと思ったんじゃねえのか!? だからオレらと一緒に戦うことを決めたんじゃねぇのか!? それなのに、死ぬんじゃねえよ!! お前は! お前は!! 生きていかなきゃならなかっただろうが!!!」


 慟哭が響き渡る。その哀しげな哭き声は規則的に落ちゆく雨すらも突き抜け、天を突き抜けていった。魂というものがもしあるのだとすれば、それを揺さぶらんとするかのようだった。

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