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「お前が……?」


 誰もが同じ目で吉良を見ている。戸惑うような何とも言えない目だ。息詰まるような重苦しい空気のなか初めに口を開いたのは、やはり柳田だった。


「吉良。ハッキリ言うわ。あんたもわかっていると思うけど、ここに残って自分の身を守ることに専念して」


 恐る恐るといった表情でゆっくりと顔を上げると、吉良は瞳を揺らしながらも柳田と視線を合わせた。


「でも……みんな命懸けで戦ってーー」


「それはね、戦える力を持っているからよ。人に取り憑き、呪い、殺し、食べる妖怪と対峙することのできる力を。その意味では私達とあんたは違う。あんたは普通の人なのよ」


 そんなこと言われなくてもわかっていることなのだろう。それでもあえてハッキリと違いを口にされたことで、吉良は項垂れてしまった。


「でもね。あんたには感謝している。この中で一番妖怪に詳しいのはあんたでしょ。あんたの知識がなければどこかで殺されていたかもしれないし、大事な人を守れなかったかもしれない」


 柔らかく高めの声。随分と素直に礼を述べられるようになったもんだ。


「顔上げなさいよ。それに鬼救寺でぬらりひょんを倒せたのはあんたが駆け付けてくれたからでしょ? そして、あんたがオカルト研究部をつくっていてくれなければ私達はきっとこうして集まることはできなかった」


「そうだよ!」


 一際大きな発声がこちらを見てくれと主張する。吉良の顔がその声に反応して徐に上がった。大きな瞳が真剣に見つめる。


「伸也くんがいなければ、私、あそこでたぶん死んでたんだよ! 飛び込んでくれたから! 血を流してまで守ってくれたから! 私はこうしてここで生きてる!」


 部室に飛び散った血が颯太の頭を過った。大した力もないはずなのにーー。


(ーーそれでも危険を侵してまで助けに入れるのは、お前くらいかもしれないな。俺はきっと……)


 主の心の変化を感じ取ったのか、貂が身を寄せてくる。つぶらな瞳は何かを訴えんとしているようだった。その視線に気付かない振りをして薄く目を閉じた。


「そういうことだ。言ってみれば戦いにおいてお前は足手纏いになる。ここで大人しく吉報を待て」


「……うん。わかったよ」


 吉良が諦めたように細長く吐き出した息が狭い部屋に閉じ込められた空気を変えていく。前向きな決意と溢れる希望へと。


「ところで二人はいつからそんなに仲良くなったんだ? 伸也くんなんて、怪しい雰囲気がぷんぷんするぜ」


「それはお前がグループチャットを抜けたすぐあとからだよ!」


 茶化す犬山を鋭く突っ込む紙都。束の間の笑いがそこで起こった。外に広がる闇と比べるとあまりにも小さな小さな明かりが点った。



 最後のリンゴを宙に放り投げる。顔の辺りで風が揺れ動き、飛び上がった貂が器用に歯をリンゴの皮に食い込ませてキャッチした。赤い瞳をぱちくりさせながら、両手で抱えたリンゴを回しながら食べていく。食欲のままに勢いよく食べるその様子をずっと見ていたい衝動に駆られたが、小さく息を吸い込むと冷たい夜風に身を引き締める。


(最後の戦いだ。もう、行こう)


 右手に持った鎌ーー風哭(かぜなき)を感触を確かめるように軽く握ると、音も立てずに一歩足を踏み出した。


 いつからいたのか、その背に声が掛けられる。


「やっぱり、お前が一番先に出ていくと思ったぜ」


 声で誰かがわかるくらいには把握しているつもりだったが、その行動までは予想外だったのか颯太は後ろを振り返ってしまった。


「よう、鎌倉颯太」


「……何しに来た?」


 皆目検討がつかなかった。待ち伏せしていたとも思えない。仮に何かの拍子にたまたま見掛けたとしても声を掛けるような間柄でもない。単純に疑問が先に出たためにそのまま質問を返しただけだった。


 が、街灯に照らされた顔は機嫌が悪そうに一瞬歪んだ。


「お前なぁ、仲間の見送りにも文句を言うのか」


「見送り? そんなものーー」


「必要あんだよ。オレには。別に何一人で行こうとしてるんだ、とか止めるつもりはねぇ。みんなに見送られて頑張るぜ!ーーっていうのはお前に合わないしな。だけど、たまたま仲間が出ていくのを見かけたんだ。見送りくらいするだろう」


 暗がりに浮かび上がる古屋敷は誰も住んでいないように真っ暗だった。


「オレ以外誰も気づいてねーよ」


「そうか。なら気付かれる前に行くとしよう」


 くるりと前を向くと、いつものペースで歩いていく。そのあとを食事の終わった貂が早足で追い掛けていった。


「さっさと倒してお前のとこに行ってやるからな! すぐに死ぬんじゃねぇーぞ!!」


 その叫びに応えることもせずに颯太の体は仄かな楕円の光の先の暗闇に消えていった。


 ぽつぽつ、と再び小雨が降り出していた。

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