参
椅子を追加しようとした和花を手を上げて制止させると、空いていた二人がけのテーブルに楓と柊は向かい合って座った。急いで水を持ってきた和花に軽く会釈をすると、二人とも示し合わせたように『抹茶を』と注文する。
「は、はい」
その声は上擦り、和花が若干緊張していることが伝わってくる。無理もない。京極のこの二人はいかにも味にうるさそうだった。
和花が厨房へ姿を消すと、楓が紅色の口を開いた。
「今朝方、交渉は成立した。京極家と犬山家は百鬼夜行に対して一時的に手を組みことに当たることになる。それから犬山ーー蓮とか言うたか」
「はい! 楓様!!」
蓮は犬が尻尾を振るように見事に従順な返事をした。呆れたように溜め息混じりに突っ込んだ沙夜子のしかしその頬は弛んでいる。その気持ちは紙都も一緒だった。
「あんたの世話係だった少年の身の安全は保証した」
「マジすか!?」
思わず椅子を引いて立ち上がった蓮の顔を黒真珠のような漆黒の瞳が追う。
「……ええ。それも大事な交渉の一つやったから」
「よっしゃ!」
淡々としたその答えにガッツポーズを決める。その様子を物珍しそうに眺めながら楓は出された茶碗をくるりと回して静かに啜った。
「それからテレビ各局、政府への根回しも済みました」
同じ声が別の口から発せられる。『宣戦布告』が行われたこの数日間、楓は犬山家と、柊はテレビ局及び政府筋への交渉を行っていた。テレビとSNSを通じてついに明らかとなった妖怪と呼ばれる存在に、恐怖と混乱が巨大な津波のように列島を襲い、人間の営んできた社会は瞬く間に崩壊していった。妖怪たちは昼夜問わず公然と人間の前に姿を現すようになり、犠牲者は続出。生き残った人々も避難先を求めてその街からいなくなり、あるいは立て籠り、閑散とした映像だけが流されていた。SNSではさらに生々しい映像が流される。人が喰われる瞬間や四肢が千切れ飛ぶ映像が恐怖と混乱を与え、人の心を凄惨なものへと変貌させる。
だから、楓と柊の双子当主はあえて真実を明らかにした。今まで封じてきた妖と人との歴史をその存在を。理性がいくら否定しようとも、記憶がそれを打ち消していく。数日間に渡る説得が百鬼夜行と正面切って対峙する舞台をここに作り上げた。
「補給及び治療等後方支援には国が当たります。テレビ各局とは報道協定を結び、あえて妖怪との戦闘を報道させることにしました。こちら側が妖を倒す映像が流れることにより、人々の間にもう一度秩序を取り戻すことが狙いです。ただーー」
柊は蓮、沙夜子、そして最後に紙都へと視線を合わせた。紙都は力強く頷く。
「当初の予定通り、南柳高校オカルト研究部の面々との戦闘は一切報道させへん。再び封印を施すために思う存分戦ってもらうで」
この事態を収めるためには南柳市をもう一度封印することしか道がなかった。だが残った吉良はじめ三人のメンバーによる調査で封印すべき五箇所はそれぞれが強力な妖怪によって守られていることがわかっている。
「要は一人一体敵を倒せばいいってことっすよね?」
蓮の声色が獲物を狩る獣のように真剣味を帯びていた。
「そうね。最低限、それはノルマ。楓さんたち京極家の人たちと犬山家が百鬼夜行と対峙している間に私達で南柳市を封印する。これ以上ないってくらいわかりやすい作戦よ」
もう待てないと言わんばかりに沙夜子が机をついて立ち上がる。それにつられるようにして紙都も楓も柊も席を立った。
「……もう、行きはるんですか?」
不安げにみんなの顔を見回した和花に楓が珍しく微笑みかける。
「お茶美味しかったで。また来るさかいそんときはよろしく頼みます」




