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 カンカンカンカン、と一定間隔で鎚を振り下ろす音が繰り返されていた。橙色の火花がその度に飛び散り、その者の一つしかない大きな目へ飛び込もうとしてくる。目を細めることで火花を回避するが、端から見ている限りではあまり効果的な方策とは思えなかった。


「おい、そこの」


 手を緩めることなく視線も真っ直ぐに熱に融かされた刀を見据えながらその者ーー一本だたらは鋭い声を発した。


 古来より鍛冶師の妖として知られていた片目に片足の一本だたら。あまりにも人間の日常に溶け込みすぎて、京極楓と柊の双子当主が言うには京極家ですらその存在を知らなかったらしい。


 呼ばれた鬼神紙都は入口の扉付近に置かれた長椅子から勢いよく立ち上がった。熱さと威圧感とで体がクラクラする。


「鬼面仏心が哭いている。お前、一度も手入れしたことがなかったろう」


 図星だった。次々と妖怪が出現したこともそうだが手入れの知識もなかったために、今まではただ刀を振り回すだけだった。


「折れたのはぬらりひょんの一撃によるものだけどよ。それまで酷使し過ぎたんだな。お前の父親の代から」


「……父親?」


「なんだ。んなことも知らねぇのか。名刀は人を選ぶというが、この刀はまさしくそうだ。一度主人に値すると認めた相手が必要とあれば自ずと手元に現れる」


 知るはずもなかった。相も変わらず鬼神御言は何も真相を教えてはくれなかったし、膨大な書物にも遺すことはなかった。


「こいつはなぁ。お前の親父が現れて初めて反応したんだ。倉から急に飛び出していってな。やっと主人を見つけたかと、盃を傾けたんだ。後から人伝に鬼と聞いたが合点がいった。名は体を表すと言うがまさにその通りだ。こいつは、鬼の(つら)をしているが人の心を持ったお前の親父だからこそ、気を許したんだ。そして、お前を守るために今もここにいる。こいつにはなぁ、これまでの戦いの全てが詰まってやがんだ。もう折られるんじゃねえぞ」


 簡単に口を開くことはできなかった。鎚が打ち付けられる音は、一本だたらが言うようにこれまでの戦いの、そしてこれからの戦いのリズムを刻んでいた。御言と怜強ーー母と父の過去に何があったのかはようとして知らない。わかるのはただ一つ、ずっとずっと生きるために生き抜くために戦ってきたということ。


 一定に刻まれるリズムが同様に一定のリズムが続く御言のお経や木魚の音に重なる。もう二度と聴くことのできないあの音に。


 そう思った途端。決して流れることのなかった涙が目の端から溢れ出す。嗚咽をも漏らしながら止まることのないその涙が決して外に漏れないよう、鬼面仏心はその音を鳴らし続けていく。その思いに応えるように、その声を途切れさせないように。


 店の外へ出ると降り始めたばかりの小雨の中を柳田沙夜子がビニール傘を差していた。少し水滴のついた半透明な傘がくるりと回る。


「遅いわよ」


 傘の下から上目遣いで睨み付けられるが、その目には微かに心配の色が浮かんでいた。


「待って……くれていたのか?」


「当たり前じゃない。他にやることもないんだから。はい」


 もう一本手に持っていた傘を手渡しされる。一瞬触れた指先は冷たかった。


「ありがとう」


「あんたのことだから用意してないと思ったのよ。さあ、行くわよ!」


「行くってどこへ?」


「それはもちろんーー」



 その漂う香りだけで渋味が強いことは容易に想像できた。次いで口に含んだ後の一瞬硬直した顔が想像を確信に引き上げた。


「やっぱり苦いんじゃないか?」


「苦いわよ。だけどーー」


 蜜がたっぷり注がれた色鮮やかな寒天ゼリーを木のスプーンで一掬いし口へと運ぶ。どこか春らしい晴れやかな笑顔に変わった。普段からこれくらいの笑顔で居てくれたら誤解も生まないのに。


「……何よ。何か言いたげね」


「別に。なんでもないよ」


 本音を隠すようにオレンジジュースを啜り、店員である藤原和花から進められたカップに入れた抹茶アイスを食べる。程よい甘さが爽快だった。


「……それで?」


 沙夜子から誘ってきたのだから何か用件があるのではないかと勘繰っての質問だったが。


「何よ?」


 その予想は見事に外れた。


「いや、何の用件かと」


「何かないと一緒にカフェに来ちゃいけないっていうの?」


「えっと……」


 また睨まれるも沙夜子は黙々とゼリーを食べ続ける。カランっとジュースの氷が動いた。


「あっ、そうそう鬼面仏心だけど無事に直りそうなんだ」  


「ふーん」


「あの、い、意外だったよな。妖怪が造っていたなんて」


「ふーん」


 会話を広げようにもまるで興味の無さそうな返答に話題が一つ一つ潰されていく。ついには話題が一つも思い浮かばなくなってしまった。


 仕方なく味の薄まったオレンジジュースを飲み続ける。そのうちなんでここにいるのかわからなくなってきてしまった。


「お冷やお次しましょか」


 助け船がやってきたのはそのときだった。安堵ともにコップを差し出すと、和花は慣れた手つきでコップに水を注いでいった。何か和花に会話を振ってこの空気を良くしようと口を開きかけたとき。


「私ね。産まれてこなきゃよかったのかなって思ったことがあるの」


 いきなり沙夜子が言葉を挟んできた。



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