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 立ち上がろうともがくも頭を思い切り足蹴にされ、顎を打った。脳が揺さぶられ目の前の景色が遠くなる。


「玉は大人しくせえへんとダメやろ。その首をもって戦を終わらせんのがその役目や。あんたが死ねば、もう誰も立ち上がれなくなるやろ」


 遠くで悲痛な叫び声が聞こえた。揺れる視界の中で感情だけ抜け出たかのように悔しさが怒りが焦りが先行して身体を動かそうとする。


(負けてたまるか! ようやく、ようやくここまで来たんだ!)


 三人の脚が横並びになった映像が鮮明に頭の中に浮かぶ。非日常と化した日常を元に戻す。


「こんなとこで……」


「ん? なんや聞こえへんぞ」


「こんなとこで、負けるわけにはーー」


「いかねーよな!」


 頭上から威勢のいい声が弾けた。視認することはできないが、その声は間違いなく親友のその声。


「なんやと!?」


 驚愕の声を上げる酒呑童子に向かって蓮の持つ先鋭な爪が突き刺さった。


「いつの間に――あんたは九尾が……」


 紙都の頭を抑えつけていた足の力が弱まる。その隙をついて勢いよく起き上がると、握り締めていた鬼面仏心を振り上げた。


「やけど、そんなヨロヨロの攻撃当たらへんで!」


 体に刺さった爪を引き抜き後ろへと跳ぶ。すぐさま刀を振るい攻撃モーションへ入ろうとした酒呑童子の、しかしその身体は不自然な態勢のまま止まった。


「まさか――」


「そうやな。そのまさかや。あんたが自分から離れたからやっと陣を発動できた」


「酒呑童子。将棋は持ち駒が使えることを忘れてたんか? これで形勢逆転やな」


 楓と柊が手を真っ直ぐに伸ばして陣を展開していた。傷口から溢れ出ていた血はもう一滴も垂れていない。


「そうか。陣か。それでそこの犬コロも元に戻したんやな」


 後ろを振り返れば、暗闇の先に薄っすらと聞こえる二つの音があった。九尾ともう一つは一度聴いたら二度と忘れることのできない強烈な沙夜子の音。


(今さっき聞いたのは悲鳴ではなくて蓮への指示だったのか……)


 くぐもった笑い声が静かに響く。


「やけど、この後はどうするんや。こんなん陣が解けたらおんなじやないか。おれも九尾もまた暴れるだけや!」


「その前にお前を斬る!」


 刀を持ち直した紙都の肩を落ち着けとでもいうように蓮がポンポンと叩いた。その顔には不敵な笑みが宿る。


「いや、紙都。そいつの相手はオレだ。お前のその耳なら九尾の音が聴こえるだろ?」

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