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**********


 紙都の声が木霊のように響いていく。それを切り裂くように振り上げられた刀が眼前に迫った。


「どこ見てるんや?」


 鍔元で捌きつつ右足を一歩前に踏み出して、柄に体重を乗せた。


「邪魔だ!」


 蓮は深手を負ってまだ時間が経っていない。あの技は、どう考えても体に負荷がかかりすぎる。たとえ九尾を倒せたとしてもーー。


 急に身体が軽くなった。相対していたはずの刀がその持ち主ごと消えたことに気がついたときには背後から腕が伸びていた。


「だから、他人(ひと)のこと心配してる暇ないやろ」


 後頭部を乱暴に掴まれそのまま床の上へ押し倒される。小さな手のどこからこんな力が沸いてくるというのか。思い切り顔面を強打させられるも、直後に右半身を捻り立ち上がると同時に酒呑童子の腹に向けて足を蹴り上げる。


 刀よりも先に捩じ込んだ足はノーガードで腹部に入り、子どものような身体を吹き飛ばした。壁に背中を打ち付け倒れようとする間に一気に間合いを詰めると両手で刀を握り締めて上段から下段へ斜めに切り裂く。


 だがその剣閃も秋草の模様が描かれた柄だけで簡単に受け止められてしまう。子どもには似つかわしくない悪辣な笑みが、涼しげな顔に浮かび上がる。


「前回はその鬼面仏心にやられてもうたからな。いくら策を練ったとしても、きっとあんたは来ると思ってたんや。だから、オレも用意したんやで。この、童子切を」


 刀が弾かれる。続けざまの切り返しを後ろに飛んで避けると、さらに間合いを大きく取った。速さも力も、そして経験も、まだ間違いなく酒呑童子の方が上だった。死に物狂いで修行に臨んだとはいえ、あの短期間では付け焼き刃もいいところだ。


「この刀、なんやと思う?」


 日常会話でもしているのかと思うほど平静なトーンで投げ掛けられた。得た知識をひけらかしたい子どものようにその紅い双眸はキラキラと輝く。


「……そんな質問に答えている場合じゃないんだよ!」


 踵を返そうと右足を下げようとしたそのとき、居抜くような鋭い殺気が発せられた。いや、紙都自身は短刀か矢のようなもので居抜かれたと錯覚していた。どうやらもう隙は見せられないらしい。


「もう一度聞くで、なんやと思う?」


「……あいにく刀には詳しくないんだ。名のある銘刀か?」


 左から右へと眼球を動かし形状を確認する。子どもの背丈で持つには長いように映るが、さして特別に刀身が長いわけではない。目貫には戦闘中にちらりとのぞいた秋草の模様が施されているが、それだけだ。


「もったいないやないか。せっかく最上大業物をつこうてんのに。それに比べれば劣るやろうが、オレにとっては因縁の刀や」


 耳を覆いたくなるような雄叫びが空気を震わせた。獣のような、いや獣そのものの野性の叫びが。紙都は柄を握り締めた。こんなとこで講釈を聞いてる場合じゃないんだ。


「この刀はな。オレを斬った刀や。せやから童子切なんて名前になったんやな。安直や。やけど、今度はこれであんたやオレを切り捨てた人間を切り裂いて、人切なんて名前にするんはどうやろ。なあ、混ざりモンの紙都」


 瞬間。同じ血を連想させる紅い眸が交わり合う。両者は共に床を蹴り、間合いを詰めた。


 甲高い金属音を掻き鳴らし、刀が交わった。先に刀を返したのは紙都。眼前に振り下ろされる刃を避けて返す刀で首を狙う。にやりと嗤うと童子が右腕を差し出し食い込ませる。


「あんたも前やったなぁ。鬼っちゅうんは戦いやすくていい。狐みたいな術は出せへんけど、戦闘には最も適した能力や。そうは思わへんか?」


 簡単に折れてしまいそうな細腕のはずなのに、刀身が筋肉の壁に強力に挟まれて抜くことができない。頭上で凶剣がギラリと光った。


(だったらーー)


 逆手に持っていた柄を順手で握り直し、紙都は宙を跳んだ。すぐさま回し蹴りの要領で胸部を蹴りつけると、柄を力任せに引き抜いた。筋肉を断つ嫌な音とともに鮮血が吹き出し手を腕を顔を赤く染め上げた。


 刀を引き抜き、すかさず頭上へ振り上げガード。もう一度高音が響き、耳奥がじんわりと痺れていく。それでも、もちろん敵の剣閃は休む暇を与えてはくれない。


 突き、右上、左下、跳んでからの最上段。連続する攻撃に紙都は防御一辺倒で後ろに下がる一方だった。


(これじゃあ、あのときと同じだ。突破口を何か突破口を見つけないと!)


 焦る気持ちは手の汗をより多く分泌させ、判断力を奪っていく。だからこそ、隙が生まれてしまう。


 斜め下からの一撃を刀で受け止めたその瞬間。同時にバネのように伸びた右足が顔の前に現れた。単純な駆け引きだ。同じリズムで繰り返される単調な攻撃の中に搦め手を入れてリズムを崩す。だが、その単純な狙いに気づくこともできず、強力な蹴りをまともに受けた紙都の身体は遠くへ吹き飛ばされた。


 そこからの展開はあっという間に終わった。床に打ち付けられる前に腹部へ重い拳を突き上げられ、再び背中を三日月型に斬られる。床に落ちたときには首元に童子切が突きつけられた。


「これで王手や」

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