壱
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ポタッ、ポタッと一定間隔で血が滴る音が静かに響いていた。木板に染み込んだ血液がジワジワとその領域を広げていく。京極楓は垂れた前髪を後ろに流すように勢いよく顔を上げると、出せなくなった声の代わりに呻くような音をその喉から絞り出して呼びかけた。
子どものような小振りの手によって沈んだ木目調の壁に身体を押し付けられた自身の双子の妹ーー京極柊へと。
「どうしたんや。これで終わりなんか? 京極家も弱なったもんやな」
返す言葉も見つからない。いったい何人がやられたのか、数えることすらできないほどに蹂躙されてしまった。人数は遥かに上だったはずなのに、圧倒的な力の差を見せつけられ、全滅寸前に追い込まれてしまった。
「がっ……じ……」
首の根を掴まれながらも柊は声にならない声を発して抵抗を示す。いまだ色を失ってはいない漆黒の瞳が楓の目を射抜き、次の一手を促した。
(……せやろなあ)
投了することなんてできなかった。曲がりなりにも現当主が敗けを認めることはできない。その背には倒れていった一族の命と、これまで繋げてきた歴史が託されているのだ。
(たとえ未熟な当主やとしても、その器やないとしても、気張らなあかんやろ。なあ、柊)
床に付いた手と変な方向に曲がった足に力を込める。脳天まで貫くような激痛をその身に噛み締めながら、徐々に体を引き上げていった。
「その傷でまだ立ち上がるのね。やっぱり一思いに燃やし尽くせばよかったかしら」
柊の体を押さえ付けていた小さな手は、髪の毛を引っ張るとそのまま楓の横へその体を投げ捨てた。
「そんなんしたらおもろないやろ、九尾。王将はじっくり逃げ場をなくして追い詰めていくんが一番楽しいんや」
「変わらないわね。けれど、そうやって遊んでたから毒入りの酒なんて飲まされたのではなかった? 人間を見くびると足元掬われるわよ」
「それはあんたも同じやろ。いっつもいいとこまでいくのに自惚れて正体を暴かれる」
「あら、嫌味な人ね。そういうところ昔から好きになれないわ」
「それは、お互い様やーーさて」
黒染めの着流しを纏った小さな身体には似つかわしくない鷹のように鋭い緋色の瞳が、ちょうど立ち上がったばかりの楓の視線とぶつかり合う。
「だいぶ隙を見せたつもりやったけど、立ち上がるのがやっとという感じやな。その手から陣が出せるんか?」
大きく乱れた息を整えると、答えの代わりに焦げ跡のついた右手を前へと突き出す。柊もまた体を小刻みに震わせながらも立ち上がると、手を掲げた。
「へぇ」
子どもの成りをした鬼は、左手に持った刀を水平に構えると、双子のちょうど真ん中へ突き付けた。
「手出しせんといてや。一気に片付けてやるで」
楓と柊、二人は同時に頷くと走り出し、後ろへ下げた腕を最後の力を振り絞るように前方へと突き出した。
妖と人、両者の攻撃が交わるその刹那ーー割れんばかりの轟音が、頭上高くから響き渡った。
「酒呑童子! 上だ!」
振りかぶった先には、割れた屋根瓦の瓦礫に混じって白銀に光る刃が降ってきた。
鬼の口が大きく歪む。




