拾陸
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「甘いねぇ」
それの頭上から切り取った光景を見て、軽薄な言葉とは裏腹に左頬が引きつった。一度降ろした刀を掴み直して攻撃モーションに入ろうとしているが、もう遅い。
「しゃあねーな!」
吐き出された白い息を噛み切るように掻き消すと、蓮は宙返りを一つして空を蹴った。人が瞬く間に鉄砲玉の如く苦笑いを浮かべる日向の目の前に降り立つと、後ろ向きでがしゃどくろの拳を受け止めた。
「蓮っ!!」
「ずいぶんと久しぶりだな! 紙都!!」
懐かしい親友の声に振り返りながら、手の先に取り付けた四本の爪を突き立てる。音も無くあっさりと貫いた赤錆色の爪の先からボロボロと骨が崩れ落ちてゆく。
「だけど、油断しすぎだろ。なぜ止めを刺さなかった?」
つい顔が緩んでしまった。小さな笑みが零れる。
真顔に戻ったときにはすでに体が勝手に、がしゃどくろの頭上に舞い戻っていた。
「こんな風にさ」
頭骨を足裏で二回蹴る。コツコツと音が鳴ったかと思えば、強靭な骨の塊が空気中に四散した。暴風に吹き飛ばされていく粉雪のようにバラバラに砕かれた欠片は、思い思いの場所へと散らばり、そして風雪の中へと紛れていった。
重力に身を任せ、巨大な手形だらけが描かれた地表へ着地すると、蓮はあんぐりと口を開いたままの紙都を見て、あえていつもの笑顔を浮かべた。これまで見せてきた変わらない笑顔を。
「よう、紙都。お前がモタモタしてるから騒がしいやつらが来ちゃったぜ?」
上空から眩しい楕円の光が当てられ、雪が輝く。聞き慣れないプロペラ音に顔を歪ませながら首を真上に伸ばせば、一台のヘリコプターが飛んでいた。
「なんだ!? あれは!?」
「どっかのテレビ局だぜきっと! お前ががしゃどくろとのんびり戦っている間に、街中は大騒ぎになってたからな!」
「そんな! それじゃ怪異のことがーー」
直接ライトに照らされて、紙都は目を閉ざして片手で目を覆った。……やるなら、今だ。
「悪いな! 紙都!!」
地を這うような低い態勢で雪上を滑り抜ける。場所もタイミングも全てが完璧だった。今から起こる全てが放映されれば、犬山家が再び注目される。そして、紙都もーー。
鮮血が。真っ赤な血が、真白な雪面を汚していく。それはまるで詛いのように点々と連なり蓮の顔も紅く染め上げていた。
「……貴様」
「日向さん!!」




