6. 精霊とは、な、仲良くできなくてもイイんだからッ……!
感想、評価ありがとうございます
胸がモヤモヤするわ。そのせいで、顔がおブスになっているだろう。でも、おブス顔を何とかしようとは、思えないの。
だって、お爺ちゃんとちょい悪親父の身内話が感じ悪い。こっちを見ながら、クスクスと笑っている陰険女子達を思い出す。手をぎゅっと握りしめ、喉まで出かかった言葉を何とか飲み込む。
「あ~……一応紹介しとくと、爺さんの方がウラヌスで、オッサンの方がクロノスな」
「ドウモ、ハジメマシテ」
わたしの挨拶も、ちょっとかたいものになる。
「んむ。よいこじゃの」
「おう、よろしくな」
わたしの感じ悪い挨拶は、2人を刺激しなかったようだ。眉一つ動かさないんだもの。
わたしが、不愉快になっていても、気にならないってことかしら。さっきまで、空間の精霊に抱いていたミーハー気分も吹っ飛んで、腹の奥底を沸騰させているわたし。
この人たち、一体何しに来たわけ? わたしがハリネズミだったら、全身の毛を逆立てているところだ。
「……ところで、詰まっているとはどういう意味ですか?」
「んむ? お主のスキルが気になってな? ちゃんと芽吹かせてやろうかと思ったんじゃ」
「は? わたしのスキル?」
おっと、これは意外な返答。パチパチと大きく瞬きをしたら、グロリアが不満顔で
「意味深な会話はやめてください。聞いていて、気持ちの良いものではありませんよ。旦那様に怒られたいのであれば、私からお願いしておきますが?」
「おっと、スマン。そんなつもりはなかったんだ。悪かったな、お嬢ちゃん」
わたしの頭を一撫でしたちょい悪親父は、お爺ちゃんを階段の手すりに戻して消えた。
「ウラヌス老、スキルの開花は、今すぐでなくてもよろしいでしょう? ステラはここで暮らすことになりましたから」
「んむ。そうじゃの。機嫌を悪くさせてしもうたの、娘御。すまんかった」
お爺ちゃんも軽く頭を下げて、手すりの上から姿を消してしまった。
「何なのよ、もう。拍子抜けだわ……。ねえ、ヘルメス? わたしにスキルがあるの?」
「さあ? 俺は埋もれているものを引っ張り出す力はないから、よく分からないな」
彼は肩をすくめると、そんなことより部屋の片付けが先だろうと手を叩いた。
「あぁ、そうね! その通りだわ」
「あの人たちのことですから、次に会った時は今のことを忘れていますよ。ですから、ステラも忘れてしまいなさい。気遣う方が馬鹿らしい相手です」
グロリアさ~ん? 返す言葉に困ってヘルメスを見れば、肩をすくめるだけだった。これは、本当に気にするだけ無駄なのだろうと割り切ることにするわ。
「ここが、ステラの部屋です。壁紙とカーペットはいかがですか? お気に召さないようでしたら、近日中に見本を用意して、張り替えるよう手配いたしますが」
案内された部屋は、完全な空き部屋だった。部屋にあるのは、日よけのカーテンとボルドーのカーペットだけ。でも、このカーペットに文句なんてない。毛足も十分だし、織り込まれた模様も美しい。壁紙は、ベージュの地に小さめのバラがプリントされたものだった。
「いいえ、このままで十分、素敵です! あ、でも、カーテンは変えていただいても?」
前半は、グロリアに。後半は、さっきのやり取りの中も無言で控えていたミスター・ガーナーに向かって言葉を返す。
「もちろんです。壁紙も、気分を変えたくなったら、いつでもおっしゃって下さい、お嬢様。すぐにサンプルと業者を手配いたしますから」
「ありがとう、嬉しいわ」
人を使えるからか、こちらでは部屋の模様替えや壁紙の張り替えは1年1回か2回くらいのペースで行われる。家中ではなくて、1部屋とか、2部屋、というレベルだけど。
話している間にも、廊下に置いてあった調度品が運び込まれてきて、ベッドはどこに置きましょう? なんてたずねられる。それに返事をすれば、ミスター・ガーナーから、
「お嬢様、カーテンの方はいかがいたしましょう?」
「そうねえ……もう少し明るい色にしたいわ」
今はカーペットと同じ色のカーテンがかかっている。落ち着いた大人の雰囲気と言えば聞こえはいいものの、10代の女の子の部屋とは思えない。レースのカーテンはほしいことと、明るめの色のものが良いことを伝えて、後はお任せだ。
ミスター・ガーナーがカーテンを見繕いに退室したのと入れ替わるようにして、2人のメイドがやってきた。彼女たちも、獣人だわッッ。内心のドキワク感を隠して、グロリアから彼女たちの紹介を受ける。
1人は、女中頭のリーネ・ノーヴェ。仕事一筋にキャリアを重ねた、デキる系の女性という雰囲気。もう1人は、レベッカ・ディセル。2人共、犬の獣人なんだそうだ。
わたしの世話は、基本的にディセルが担当してくれるらしい。
「とは申しましても、必要最低限の人数しかおりませんので、手が届かない部分もあるかと思いますが、その点はご容赦願えますでしょうか」
「ええ。向こうでは、自分のことは自分でしていたから、大丈夫よ。ディセルはもちろんだけど、他のみんなも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「誠心誠意、お仕えさせていただきます。ふふっ。ミセス・ノーヴェ。これから、楽しみが増えますね」
「グロリア様は、身支度も衣装選びも、全部ご自分でなさいますからねえ……」
「私の衣装は、旦那様の好みに合わせているだけです」
「それは存じておりますけどぉ、どんな刺繍にするとか色とか素材とか、そういうことについても、全く関わらせて下さらないじゃないですかぁ!」
不満を隠そうともしない4つの目。グロリアの視線は、明後日の方向に向いている。ヘルメスとセーブルは、話しかけるなオーラを出していた。
この家は、使う方と使われる方の仲が良いのね。まさか、こんな風に話が飛ぶとは思わなかったわ。これがホーネストだったら、即刻解雇されても不思議じゃない話題だ。
それはともかく、この空気をどうしたものか。何か良いアイディアはないかと思っていると、2人がピタッと止まり、頭の上のお耳をピクピクと動かし始めた。どうしたの? と聞くより早く、
「だっ、旦那様がお呼びのようなので、私はこれで失礼します。セーブル」
天の助けとばかりに、グロリアは侍従を連れて、部屋から出て行ってしまった。
その素早いことと言ったら! 残されたわたしはポカーン。ディセルは少し悔しそうにして、ミセス・ノーヴェは「あらあら」と、ころころ笑っている。ヘルメスは、無言で爆笑していた。
「あの、お嬢様。言い訳に聞こえるかも知れませんが、私たちも、グロリア様のお召し物が気に入らないってわけじゃないんです。とても良く似合っていらっしゃいますし、異国めいた雰囲気が素敵だと思います。でもっ……!」
「衣装や装飾品、身なりを整えること。少しで良いから、関わりたいのね」
「そうなんですぅ! ほとんど関わらせてもらえないので、奥様自慢しづらいものがあって……! でも、これからは──っ!」
ディセルが、ぐぐっと拳を握る。ありがたいけれど、
「ほどほどでお願いね」
おしゃれへの興味は、平均値より低いので……。苦笑いするしかない、わたしである。
「失礼いたします。お嬢様、水槽をお持ちしたのですが……」
トントンと開いたままのドアをノックしたのは、アクア・ヴィリヨのお兄さんだった。
「グロリアさん、どうかしたんですか?」
「何でもないよ。気にしなくて良い」
「はあ……そうですか。精霊様がそうおっしゃるなら、俺には関係なさそうだし、気にするだけ無駄ですよね。水槽はどちらに置きますか?」
割り切るのが早いのね、お兄さん。ヘルメスは、それで良いとばかりに頷き、2人のメイドは、気持ちを切り替えたようで、一度失礼させていただきますと、自分の仕事に戻っていった。
「そうね。水槽は、この小さい方のチェストの上に置いてくれるかしら?」
「かしこまりました」
後で聞いたのだが、調度品には耐荷重というものがあるそうだ。そのため、水槽を置く専用の台を用意するのが一般的。でも、ここは魔法の世界なんである。専用の台がなくても問題が起きないよう、兄はマット状の法具を作ったそうだ。すごいわねえ。
「失礼いたします、お嬢様。カーテンをお持ちいたしました」
ミスター・ガーナーが戻ってきた。大きな鞄と脚立を持っている。
「水槽のセッティングはお任せください、お嬢様。重量軽減の法具がありますので、1人で大丈夫ですから」
「そう? じゃあ、お願いするわね」
法具という聞きなれない言葉を耳にしたけど、後でいいわ。それより、カーテンよ。
「こちらなどは、いかがでしょう?」
ミスター・ガーナーが見せてくれるカーテンは、どれも素敵な物ばかり。何より、きちんとわたしの相手をしてくれることが嬉しい。
ホーネストの家では、わたしはいてもいなくても良いような扱いだった。何でも言わなければいけなかったし──それだって、渋々やるといった雰囲気だった──言っても断られる場合も少なくなかったのである。
だから、普通のことがこんなにも嬉しくてたまらない。思い切ってみて、正解だったわ。