3 兄は静かに怒るも噴火寸前
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「大体、スーを家に連れ帰ったのはこの僕なんだよ? 僕に限らず、12にもなって妹の見分けがつかない兄なんて、生きている価値がないと思わないか?」
ぅひィッ?! 兄がヤバい。今にも、噴火しそうなヤバい火山が兄の背後に見えるわ。シルベスターって、こんなに沸点が低かったかしら⁉ 怖い、怖いっ、怖い~ぃ。
「旦那様、押さえて下さい。妹君が、怖がっておいでです。それより、母君は、妹君を連れ帰って来たのが、旦那様だということを忘れておいでなのでしょうか?」
「いやいや、問題はそこじゃねえだろ? 仮にも伯爵家なんだ。誰が連れ帰ったかを思い出す前に、養子にする事を考えた時点で、孤児院の記録を確認しなきゃならんだろ」
「ヴィンス兄様は、首を傾げておいででしたが……」
それでも、当主が白と言えば、黒い物も白になってしまうのが貴族社会というものだ。
「ヴィンス兄ィなら、問題ないだろう。広報室にはなくてはならない人材になっているから、伯爵位を返上することになっても、その評価に影響はないはずだし、させるつもりもない」
スゴイ自信。と言いますか……あの、シール兄様? 一体、ナニをなさるおつもりで?
「僕と君、ロアが揃っているのだから、怖いものなんてないさ」
「んなっ?! っ……何だよ、いきなり……」
ライオット様が、驚いて前のめりになり、その後すぐに背中をソファーの背もたれに預けた。
ん~? 少し、お耳が寝ている? それに、お顔もちょっぴり赤いような……?
ちらっとグロリアさんを窺えば、笑いをかみ殺していた。わたしの視線に気づいたのか、こそっと口パクで「恥ずかしがりなんです」と教えてくれる。何ソレ、萌える。
「スー、このままでは家を追い出されそうだと言ったな。それなら、今日からここに住めばいい。ライ、何人か連れて実家へ行って、スーの荷物を運び出してきてくれないか?」
「はいよ」
ライオット様に指示を出した後、兄は鈴を鳴らし、使用人を呼んだ。
「ロアは、スーに屋敷を見せてやってくれ」
「かしこまりました」
「良いの……ですか?」
助けてもらおうと思って、兄を訪ねたわけだが、しょせんは単なる思いつき。恥ずかしながら、具体的なことは何も考えていなかったのだ。
「兄が妹を助けないでどうする。それで、他に何か望みはあるかい?」
「望み…………」
自分から家を出るのだから、家から追い出される心配はなくなった。でも、わたしがホーネスト伯爵令嬢の偽者であるという、疑いがなくなった訳じゃない。
今、兄が教えてくれたことを暴露したところで、負け犬の遠吠えのようにしか聞こえないように思う。一度定着してしまったイメージを覆すのは、簡単なことじゃない。
「わた……わたしは、偽者だと白い目で見られながら、肩身の狭い思いをして学院に通いたくありません。友人は……諦めなくてはいけないのかも知れませんが、せめて、白い目で見られなくなりたいです」
そうまでして学院に通いたいか、と言われると即答できないが、でも、学院でしか魔法を学ぶことができない。わたしは、魔法を学びたいのである。
「分かった。そういうことなら、スーは僕の娘になるといい」
「は? 娘?」
妹がどうやったら、娘になれるんだ。素っ頓狂な声を出せば、
「ばあ様には許可をもらう必要があるけど……孫の人生がかかっているのだから、否とは言わないだろう。君をダンジェ伯爵の養女にするんだよ。ホーネスト伯爵令嬢から、ダンジェ伯爵令嬢になれば、偽者だのなんだの無意味な話になる」
「お前の機嫌を損ねかねないことをするバカは、いねえだろ」
へっ、と鼻で笑ったのはライオット様だ。兄は「ライ?」と少し、不機嫌な様子。でも、ライオット様は悪びれた様子もなく肩をすくめ、
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
ひらひらと手を振り、退室していった。
エスクロ呼ばわりされている兄って、一体……?
「では、屋敷内をご案内いたしましょう」
「あ、はい。ありがとうございます」
夫となる人が詐欺師呼ばわりされても、眉1つ動かさない、グロリアさん。もしかして、聞きなれているのかしら? そのことにツッコむこともできないまま、ソファーを立ち、
「あ……」
「どうなさいました? 何か、言い忘れたことでもおありですか?」
「いえ、そうではなく……。あなたのことは、何とお呼びすればよいのかと思いまして」
兄からは、自分の嫁だと紹介されたものの、あの口ぶりでは、まだ籍は入っていない。ゆくゆくは、義姉さまとお呼びするべきなんだろうけども……
「あぁ……! …………そうですね……私もたった今、同じ疑問を持ちました……」
兄シルベスターと結婚したなら、グロリアさんも貴族の一員となる。ダンジェ伯爵夫人と呼ばれるようになるわけだ。ただ、今はまだ籍を入れていないので、身分的には平民となり、伯爵令嬢であるわたしを呼ぶときは、ホーネスト伯爵令嬢と呼ぶのが正しい。
でも、将来の義姉にそんな風に呼ばれるのはちょっと……
「わたしたちは、家族になるのですから、どうぞ、スーと呼んで下さい」
「お気持ちは嬉しく思いますが、いきなり愛称を呼ぶのは躊躇われますので、ステラと呼ばせてください。私のことは、グロリアでも、リアでも構いません」
ただ、兄が口にしている「ロア」は不可。これは、兄専用なのだそうだ。仲のよろしいことで。わたしとしても、いきなり愛称呼びはハードルが高いので、まずはグロリアと呼ばせてもらうことにした。
年上だから「さん」も付けようとしたのだが、これは彼女から却下されてしまった。身分の壁の問題もあるけれど、何より家族に「さん」は不要でしょう? と。
「おっしゃる通りですわ。では、これから、仲良くして下さいね、グロリア」
「もちろん。こちらこそ、よろしくお願いします。ステラ」
美人の笑顔は眼福だわ。笑顔に笑顔で返せば、グロリアはわたしから視線をそらし、右手でわたしの頭を撫でつつ、左手を口元にやって「旦那様が溺愛する訳だ」
「は?」
「分かってくれたかい? ロア」
わたしたちのやりとりを、兄は目を細めて見守ってくれていたようである。
「ええ、もちろん。私も思う存分可愛がらせていただきます」
はて? わたしの何がツボに入ったのだろう? 首を傾げるわたしを、書斎の外へと促した義姉は、
「ところで、ステラ。調度品はいかがいたしますか?」
「部屋にある物をそのまま使わせていただきますけど?」
何故、そんなことを聞かれるのだろうと思いつつ、返事をする。
「遠慮は無用ですよ。実は、ライオットの従兄弟にロビーという男がいるのですが、この男が工作を趣味としておりまして、自分で一から調度品を作ったり、蚤の市で壊れた物を安く買っては修理したりしているのです」
「まあ、そんな方がいらしたの? でも、ライオット様のお身内の方なら、傭兵団の一員でいらっしゃるのでは?」
ライオット様のお父様は「レオン・バッハ」という高名な傭兵団を率いていらっしゃる。レオン・バッハは、歴史が古く、結果として構成員の半分くらいが血族なのだそうで、ライオット様の身内イコール傭兵団の一員、という図式がわたしの頭に浮かんだのだ。
ただ、そういう方がいることとわたしの調度品がどう繋がるのかと首を傾げれば、
「実は、あの野郎……旦那様が商売をなさっていることと、アイテムボックスのスキルをお持ちでいらっしゃることをいいことに押し売りしやがるのですよ」
うわあ……。相当、腹に据えかねているのね。まさか、義姉の口から「あの野郎」なんて言葉が出て来るなんて……。思いもよらなかったわ。
「押し売られた調度品は、商会の取扱商品としておりますが、そんなにぽんぽんと売れる物ではありませんから、空間魔法で拡張した物置に置いているのです」
なるほど。意味が繋がった。
「そういうことですから、ステラは物置からお好きな物を選ぶだけで良いのですよ。気に入られた品は、書類上、旦那様が原価で買取ったことにいたしますから」
いいのかしら、それ。ところで、
「あのシール兄様が商売を?」
昔っから表情筋がストライキを続けている、あの兄が? いつの間に?