2.ご存知でした? 実はアミュレットって……
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箱の中に納められたアミュレットは、まるで鉱物標本のようだ。全く違う色の物、微妙に色が違う物など、種類は様々。ただ、どれもデザインは同じ。逆三角形の中にホーネスト伯爵家の紋章と護符模様が浮かんでいる。
「全く同じ物はないかも知れないが、カサンドラとかいう娘が持っているアミュレットは、それに似ているか?」
「は、はい。その、近くで見たのは1度だけなので、断言はいたしかねますが……」
「それは別に構わない。そもそも、これに似た物をホーネスト伯爵家に代々伝わる、などと言っている時点で、詐欺だとほぼ決定している」
「は? えぇっ⁈」
意味が全く分からない。どういう事かと、瞬きをすれば、
「あのな、そのタイプのアミュレットが出回ったのって、ここ10年くらいのことなんだぞ」
「は? え?」
ライオット様が肩をすくめるのを見て、兄を見れば、ここにいない誰かを小ばかにしたように、鼻を鳴らして、
「石の中に模様が浮かびあがるタイプのアミュレットは、僕が作るまでは市場に出回っていない。誰も、研究していなかったらしいよ。当然、特許は僕が持っている」
「旦那様、このアミュレットをお作りになられたのは、おいくつの時なのです?」
「10歳……だったかな? グランドツアーに行く資金が欲しくて、レシピを登録したのが、11年くらい前だ。あっという間に、広まって予想以上のお金になって驚いたけど」
「だから、言ったろうが。これは、女にウケるからレシピは飛ぶように売れるぞって……」
それまでのアミュレットは、金属に護符を刻んだだけの武骨なタイプが主流だった。それが、このタイプの登場により、アミュレットは日常使いのアクセサリーに変化したのである。
「もう1つ言えば、ホーネスト伯爵家の歴史なんて、たかが30年程度でしかない。リーブス男爵を名乗っていた時期を含めても、45年しかない」
100年続いてようやく本物の貴族と認められる世の中。その半分にも満たない家の者が、偉そうに「代々」などという言葉は使わないと、シルベスター。
「話を盛るのは、貴族の常套手段じゃねえか。そんなに目くじら立てんなよ」
面白そうに目を細める、ライオット様。お顔にちょっと小ばかにした雰囲気があるのは、わたしの気のせいかしら?
それはともかく、
「ええと……カサンドラがアミュレットを貰ったのは、迷子になる2歳以前の話。でも、その当時、このタイプのアミュレットを持っていたのはシール兄様だけ」
この事実だけでも、伯爵家に代々伝わる、という表現が誤りであることには違いない。
「そうだな。でも、僕は妹にアミュレットを贈った覚えはない。鑑定すれば分かると思うが、その頃はまだ試作段階だったから、粗悪品なんだ。護符もただの飾りだしな。とてもじゃないが、アミュレットとして誰かに贈るような代物じゃないな」
「はっきり言って子供の土産物レベルだな。アミュレットとしても役立たずだ」
子供の土産物で、役立たず。
「ねえ、ライオット様? そんなレベルの物を自慢しているカサンドラって……」
「頭の弱いヤツ認定されてるんじゃね? と言いたいところだが、実際は思い違いをしている、くらいに思われてんじゃねえか? レシピを登録したのがシールだってのは、ちょっと調べりゃすぐに分かる事だし。コイツ、有名人だから」
「旦那様の初期作品であれば、土産物レベルであっても羨ましく思う方は多いでしょう」
なるほど。開発者であるシルベスターの初期作品を持っているのだから、妹に違いない、という図式が成立しているのか。
「…………シール兄様…………」
「君に、駄作をやる気はない。僕の最高傑作を──と考えていて……今も試行錯誤中だ」
さっと目線を逸らされてしまった。
「普通に、悪意あるものを遠ざけるとか、物理・魔法防御くらいの性能で良いのでは? と思うのですが……」
「その程度のモノを贈るなど、僕のプライドが許さんとか何とか言ってな~。結局、旅先で見つけた品物で、お茶を濁す形になっちまってな~。アホだろ」
くっくっく、とライオット様が面白そうに笑っている。兄は、不機嫌全開。思いっきり口をへの字に曲げていた。グロリアさんは、困り顔で笑っている。
そういう理由なら、あんまりワガママも言えないか。
ライオット様がおっしゃる通り、何も貰っていないわけじゃないのだ。兄からは、誕生日を始め、季節の折々に様々な物が届けられている。それらは、年齢を問わず使えるデザインの物も多く、親をあてにできないわたしとしては、とても重宝していた。
お返しが手編みのマフラーとか手袋といった物だったのが心苦しかったけれど。
「今までにいただいた物は、どれも素敵な物ばかりで、今も使える物は大切に使わせていただいております。使えない物も捨てずに取っておりますわ」
スカートやブラウスは、リメイクした物を今も使っている。
ただ、希望を言わせていただけるなら、精霊を使って配達することはやめていただきたい。いや、ホント、切実に。
朝起きたら、ドヤ顔を浮かべる精霊のドアップがあるのよ? しかも、この精霊さんが美人さんで……2重の意味で、心臓に悪い。わたし、そういうの、免疫ないんだからっっ。
とは言え、使用人を通さずに直接わたしに届けられるので、そこはありがたく思っている。お礼の手紙も、その精霊に預ければ良かったし。
だったら、今の窮状を訴えることができたんじゃないかって思われるだろうけど、兄の手紙には、毎日が楽しい、という内容ばかりなので、わたしの今を訴えれば、せっかくの楽しい毎日に水を差すことになるんじゃないかと思って、書けなかったのである。
「──スーに贈るアミュレットは、ちゃんと考える。それより、その娘が持っているアミュレットのことだ。スー、どれでも良いから1つ手に取って、中を見てごらん」
「え? あ、はい。────あら? 中に数字が……?」
兄に促され、蓋を開けてピンクがかった緑色の石を手に取り、中を覗き込んでみる。そして、気がついたのは、我が家の紋章の下に小さく数字が書かれていたのだ。わたしが持った石は、32と書かれている。
「それは試作品だから、レシピが少しずつ違っているんだ。後から見返した時に、どれがどれなのか分かるよう、そうやって番号を振っている」
なるほど。わたしが納得して頷くと、箱の蓋の裏側に描かれていた魔法陣から──模様だと思っていたわ──手帳がぬーっと出て来た。
「っ!?」
びっくりした、びっくりした、びっくりしたっ!
兄が、また無詠唱で魔法を使ったようだ。ほんっとーに、心臓に悪いな、もうっ。
「旦那様、それは?」
「開発記録と同時に、僕の恥ずかしい記憶でもある。自分で言うのも何だけど、小憎たらしい子供だったからな、僕は。──ライ、何を笑ってる」
パラパラと手帳のページをめくりながら、兄がふてくされたような顔をする。ライオット様の名を口にしたので、そちらを窺えば、お腹を押さえて、体をくの字に曲げていらした。
何とか、笑うまいと頑張っていらっしゃるようである。
2人は、本当に仲が良いのだろう。身分や立場なんて、関係ないって感じ。羨ましいわ。わたしも、気の置けない友人が1人でいいから、ほしいものだ。
学院にいる限り、それは望めそうにないけれど。
「シール兄様? その開発記録で、何か分かるのですか?」
「試作品の多くは、今も手元に残しているが、全てが残っている訳じゃない。サンプルとして国や研究機関に提出した物もあるからな。小憎たらしかった僕は、何番をどうしたのか、全て記録しているんだ」
「では、カサンドラがシール兄様の試作品をどうやって手に入れたのかも?」
「断言はできないがね。ああ、これが怪しいな。スー、その子の持っているアミュレットもどきは、べっこう色かい?」
「は、はい。そうだったと思います」
「そのアミュレットもどきは、近所に住む騎士の家の女の子にあげた、と書いてある。これを見て思い出したけど、公園で日に透かして見ていた時に、じ~っと物欲しそうな目で見られていて……まあ、いいかってあげたことがあったんだ」
「その、近所に住む騎士の家の女の子……が、カサンドラ?」
「もしくは、何らかの理由でその子が手放した石を手に入れた、別の誰かってことになる。ってえ、ことは、だ。そのカサンドラって娘は、ホーネスト伯爵家と血の繋がりはないってことだよな?」
つまり、本物を自称する彼女の方が偽者…………。
あっさり謎(?)は解けました。ただ、詐欺呼ばわりしていることについては、後程フォローいたしますので、突かないでいただけるとありがたいです。




