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0. 突撃! 兄の屋敷

 よろしくお願いします。

 初めまして、みなさま。ワタクシ、ステラ=フロル・エデア・ホーネストと申します。年は16、女の子です。ワタクシ、ただ今、超ピンチです。ピンチなのですっっ!

 どこからどう話せばいいものか……困った時はシンプルイズベスト。わたしの情報整理も兼ねて、分かることから順番に。

 深呼吸して、スッスッ、ハーッ。スッスッ、ハーッ。



 まず、わたしには前世の記憶と思わしきものがある。名前ははっきり思い出せないものの、鍼灸整体師として働いていた記憶があった。アラサーである。結婚していたかどうか、カレシがいたかどうかは不明。ついでに言うと死因も不明。ただ、マンガやラノベといったものが好きだったことは覚えている。多少腐っていたことも認めましょう。ええ、認めますとも。



 その記憶を思い出したのが、つい先日。一月ほど前のことである。原因は、イジメ。

 通っている学院で、階段の上の方から突き落とされたのである。ただ、わたしを突き落とした犯人については不明。わたし自身、前後の記憶があいまいで覚えていない。学院では、自作自演なのではないかという、心無い噂も流れていると言う。酷い話だ。

 ただ、この時、頭を強く打ったことが原因で、前世の記憶が蘇ったのである。



 いじめられているというと、ラノベのテンプレで乙女ゲームや少女漫画あたりのヒロインに転生か!? なんて思うだろうけども……ハズレ。ヒロインではなく、悪役令嬢の方だったりする。これもありがち、なんて言わないで頂きたい。ゆくゆくは、罪人のレッテルを貼られて、無一文で放り出されるとなれば、背筋が凍る思いだ。



 わたしが転生したのは『カーネーションを花束に』という、剣と魔法のファンタジー世界を舞台にした、少女漫画の世界だった。

 上手く説明できないかも知れないけれど、まずは悪役令嬢たるわたしの生い立ちを話そう。



 我が家は、本ッ当に複雑なのだ。我がホーネスト家は、伯爵家である。お貴族様なのである。上の兄は、先妻の子で、2番目の兄とわたしが今のホーネスト伯爵夫人の子だ。

 上の兄は12年前に家を出て、お城で働いている。5年前に結婚して、この間、娘が生まれたばかり。姪っ子は、非常にかわいらしい。美人の義姉にそっくりで、マジ天使である。

 ──ちなみに、上の兄の家族は『カネ花』にはほとんど関わり合いがない。



 2番目の兄が、これまたややっこしくて……。10年前、学院に通っていた兄は近所にお使いに行くようなノリで、「ちょっと、グランドツアーに行ってくる」と言って出て行ったきり。

 旅先から、無事を知らせる手紙が時々届くものの……中身を見る度に「お兄様、アナタ、何をやってるの?!」と叫んでしまうこと数回。最近は、またやらかしたのね、とすっかり慣れてしまった。



 兄様、俺TUEEEEやりすぎ。それに付き合えるライオット様──兄の友人だ──も、ライオット様だけど。2人とも、自重という言葉をご自分の辞書に極太マジックで書き加えてはもらえまいか。



 それはともかく、そんな風に兄2人が続けて家を出たので、わたしは一人っ子のようなものだった。……のだが、

「あたしこそが本物のステラ=フロル・エデアです!」

 と、名乗る女の子が現れた。

 9年前の事である。



 母が、連れて来たのだ。ちょっと訳が分からないと思うが、わたしも訳が分からない。



 本物の証拠は、ホーネスト伯爵家に代々伝わるアミュレットを持っていること。

 直径2センチくらいの三角形をした、べっこう色のそのアミュレットは、中にホーネスト家の紋章をぼんやりと浮かび上がらせていた。

 このアミュレットは、兄から貰った物だと、その子、カサンドラ・リュクスは主張する。



 彼女は幼い頃に迷子になり、そのまま孤児院に保護されたそうだ。5歳の時、宿屋を経営しているポラーレ家へ貰われていったらしい。ポラーレ家で暮らしていた彼女を、母が偶然に見つけ……この娘こそが本物のステラ=フロルに違いない、ということになったのだとか。

 ポラーレ家からカサンドラを引き取り、ホーネスト家へ迎え入れることになった。



 そしてわたしはどうなったかと言うと……ホーネスト伯爵夫妻を騙して家に入り込んだ極悪人みたいに言われている。

 わたしが迷子になったのって、確か2歳の時なんですけど!? 2歳児に騙されたって、恥ずかしくない?! な~んて言ったって、母は理解しようとしないだろう。わたしの話を聞く気すらないんだもの。

 父は、面倒臭いから関わり合いたくないって感じ。それで良いのか、伯爵家当主。



 母から疎まれており、父は無関心。結果として、使用人からも冷たくあたられ……わたしの心の支えは、2人の兄しかいません。上の兄に境遇を訴えたくても、常に使用人が側で監視しているものだから、なかなか訴えられず。下の兄なんて、国外なので論外である。

 ここまで来て、何となくお察しいただけただろうと思う。



 物語のヒロインは、このカサンドラなのである。



 『カネ花』という少女漫画は、よくある王道学園モノっぽい要素を含んだシンデレラストーリー。

 血の繋がらない(わたし)とその取り巻きのイジメに耐える健気なヒロインに、ヒーローたちが惹かれていく、キャッキャウフフの物語。

 最後は、イジメの主犯である(わたし)が断罪され──どこの馬の骨とも知れぬ娘のくせに、伯爵家から育ててもらった恩も忘れてと親から詰られ、勘当される。勘当された彼女の、その後の足取りは誰にもつかめなかった、という描写があるのみ。



 ヒロインは、姉の身を案じつつも、ヒーローである第3王子と結ばれる。ステラは、なかなかえげつないイジメを行っていたので、「あんなヤツを心配するなんて、ヒロインってば優しすぎ!」と思っていた前世のわたし。



 しかし、わたしは声を大にして言いたい。

 今、この現実においては、いじめられているのはわたしであり、いじめているのはカサンドラの方である。さっきも言ったが、わたしはホーネスト伯爵夫妻を騙して、この家に入り込んだ極悪人。

 家でも学院でも、肩身が狭い。取り巻き? そんなもの、いた試しがありませんけど? というより、ヒロインが来てからこっち、ぼっち生活が続いておりますけど、何か?



 わたしに言わせれば、カサンドラの方が極悪人である。

 彼女は、わたしを自分よりも下の位置に置いたり──家の中で使用人を使って嫌がらせをしている──上に置いたり──学院内で、さも自分がいじめられているように装い、周囲の注目を集めている。そんな彼女に同情した信奉者が、陰でコソコソとわたしをイジメているという訳だ。



 わたしは被害者なんだ! と言いたいところなんだけど……悲しいかな、ヒロインパワーなのか何なのか、学院では被害者と加害者が逆転してしまっているのが現状なのだ。

 泣いたって解決しないのは、とっくに分かっている。記憶を取り戻してから1人で頑張ってみたけど、誰もわたしと話をする気がないのだから、無駄だったわ!



 しかし、わたしには一縷の望みがあった。

 この世界は『カネ花』によく似た別の世界なのかも知れない、ということである。

 まず、上の兄ヴィンセント・ヤーンは「我が家に代々伝わるアミュレットなんて、あったか?」と首を傾げていた。アミュレットの存在自体を疑っているのだから、当然、それを妹に贈った覚えもない、という訳だ。



 また、『カネ花』には両親こそ出て来るものの、上の兄は名前だけしか出て来ず、下の兄は名前すら出て来ていない、という点も大きい。

 ここは『カネ花』によく似た別の世界なのでは? と疑うには十分だと思う。

 そこでわたしは考えた。

 上の兄は難しいかも知れない。物語に名前が出てきている以上、こういった転生モノにはある種のお約束、強制力というものが働く可能性があるからだ。



 でも、名前すら出て来なかった下の兄なら──!



 下の兄、シルベスター・ヴァレンタイン・ダンジェに希望を見出し、わたしは今、彼の住む屋敷の前に立っている。国外じゃなかったのかって? ちょっと前に、帰国したのよ。

 兄とわたしの家名が違うのは、彼が母の実家を継いだからだ。こちらも少しややこしい。



 母方のダンジェ伯爵家は、15年前に跡取りであるジョナサン伯父さまが亡くなり、2年前には祖父のグラハムも亡くなった。

 普通であれば、ダンジェ伯爵家は跡取り不在のため、消滅するのだが……ここで俺様何様チート様、シルベスター様の登場である。



 兄シルベスターは、グランドツアーの傍ら、何だかよく分からないけれど色々な分野の論文を書き、5つの分野で博士号を取得。傭兵としても活動していたらしく、こちらもまた様々な功績を上げ……。ご友人のライオット様共々、一躍有名人に。



 当然のことながら、そんな優秀な人材を国外へ流出させてなるものかと、国が取った方策が、シルベスターにダンジェ伯爵位の継承を認めることだった。

 もちろん、兄の子供にも爵位の継承権を認めている。

 血筋が確かなことも、この特例を後押しすることに役立ったようである。



 ただ、今言ったように兄は何やらごちゃごちゃと研究をしているので、帰国するように言われたからと言って、すぐに帰国できるはずもなく。

 ようやく、3カ月ほど前に帰って来たのである。しかし、帰って来たからと言って、のんびりできる訳でもなく、引継ぎやら何やらで多忙な毎日を過ごしているそうだ。



 わたしは、帰国の挨拶に来た兄とちょっと話をしたものの、すぐに退室を命じられたので、きちんと話をすることはできなかった。

 けれど、兄が帰って来たのなら、やりようはいくらでもある。



「──と、いう訳で……アポなし訪問敢行!」

 ノッカーを鳴らし、家人が出て来るのを待つ。



 本当なら、家を通じて先ぶれを出し、アポイントメントを取らなくてはいけないのだが、それはできない。両親はもちろん、使用人たちにとっても兄シルベスターは、他家の人間になってしまったものの、自慢の息子・坊ちゃまなのである。

 シルベスターと会いたいから先ぶれを、などと言おうものなら、世間体からくるお情けで家に置いてもらっている極悪人が、会えるような人間ではないと言われてしまう。

 突撃訪問は、家の人間の干渉を回避するための、わたしなりに打ち出した策なのである。



 ドキドキしながら、ドアが開くのを待った。数分もしない内にドアが開き、

「どちら様でしょう?」

 さあ、ここでしくじったら、わたしの人生お終いよ! しっかりしなくちゃ!

ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。


 コンスタントにお届けできるよう、がんばります。

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