表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/19

8.感情だけで先走るのはヨクナイ

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

「え~っと……?」

 鬼ィ様の出現に、動揺を隠せないヘルメス。彼は視線を泳がせると──

「んじゃ、またねッ。ステラ」

 逃げた! ライオット様が「消えるなんて、ズリィ!」と椅子から立ち上がるも、それ以上はどうしようもなかった。引きつった顔、ぎこちない動きで、鬼ィ様を見る。



 鬼ィ様は、笑顔だった。そりゃあもう、イイ笑顔で……背筋が凍りそう。しかし、ここでひるんではいけない。こっそりと深呼吸してから、素知らぬ顔で笑みを浮かべ、

「……あの、シール兄様? わたしに、何か御用でも?」

 声をかけてみた。自分でもびっくりするぐらい震えていたけど、これは仕方ないと思う。



「そうだった。夕食の用意が出来たから呼びに来たんだった」

「わざわざ、シール兄様が? ありがとうございます」

「これくらい、何でもない。食事が冷める前に、下へ行こうか」

「はい」

 さっと差し出された手を取って、わたしは頷き返した。



 鬼ィ様の出現は、本当に一瞬のことだったらしい。

「ライも食べていくだろう?」

 兄は何もなかったかのように、ライオット様にも声をかけた。

「おう」

 答えた彼は、ホッと胸をなでおろしているご様子。そりゃそうよね。恐怖と寒さで、歯の根が合わなくなりそうなくらい、鬼ィ様は怖かったもの。



 兄のエスコートで食堂に向かうと、一足先にグロリアがいて、ぽっちゃり体型のオバチャンとにこやかに話をしていた。グロリアはわたしに気付くと、

「紹介しますね、ステラ。コックのエリカ・フェローです」

「ミセス・フェローは、僕のワガママを叶えてくれる、最高の料理人だ」

「ミセス・フェローのメシは、何でも美味いぞ」

 彼女の紹介に続いて、男性2人が手放しで褒める。



 ミセス・フェローは照れくさそうに、

「まあ、嫌ですよ、お二人とも。いくら何でも、ほめ過ぎですよ」

 ほんのり色づいた頬に左手を当て、右手首のスナップをきかせた。前世で、隣に住んでいたオバチャンを思い出すわ。あのオバチャンも、こんな風に「いやだわ」なんて言っていたものだ。



「初めてお目にかかった身でありながら、失礼なことを申しますが、お嬢様は少しお痩せになっておられますね。ですが、もう安心して下さい。あたしが、美味しいものをしっかり、たんと食べさせて差し上げますからね」

 任せて下さいと、彼女はどんと胸を叩いた。

「ありがとう、嬉しいわ。楽しみにしているわね。でも、ほどほどにしてくれるかしら? これでも、年頃の娘ですもの。食べることは大好きだけど、悩みを増やしたくないの」

 イヤミに聞こえないように、笑顔と明るい声で。実際にやったりはしないけど、イタズラっぽくペロッと舌を出すような声音を心がける。



 まだ若いから新陳代謝はそれほど落ちてはいないと思うけど、気付けば体重が……なんてことにはなってほしくない。ダイエットサプリなんてここにはないし、運動は苦手だから、食生活には気を付けたい。

「あら、まあ! それもそうですね。若い娘さんが無理にダイエットなんてするもんじゃありませんし、ほどほどにいたしましょう」

「お願いね」

 わたしの遠回しなお願いは、きちんと伝わったようである。



「それじゃあ、あたしはこれで失礼させていただきます」

 ミセス・フェローは、一礼をして食堂から退室していった。彼女がいなくなると、着席を促される。テーブルの中央には、可愛らしい名前も知らない小さな野の花が飾られていた。

 テーブルには、カトラリーはもちろんのこと、スープとサラダ、前菜が乗っている。四角いお皿に乗った前菜は、色とりどりで美味しそう。残念なのは、キッシュぐらいしか料理名が分からないということ。1、2……9種類もあるわ。



「今日は、種類が多いな。いつもなら、この半分くらいだろ?」

「ステラがいますからね、張り切ったそうですよ」

「嬉しいです。どれから食べようか、迷ってしまいますね」

 ウキウキしながら、まずはつみれのキノコソース掛け(見たままよ)を口に運ぶ。うん、美味しい。つみれは、鶏肉ね。とろっとしたソースがまた、美味しいの! 幸せ。

 食材のほとんどは、牧場から運んでもらっているそうだ。まさに、産地直送。どれも、素材の味を引き出す薄味なので、いくらでも食べられそう。



「っと、そうだ、そうだ。1つ気になってたことがあったんだよ」

「何だ?」

 スープをすくおうとしていた手を止めて、兄がライオット様を見る。ライオット様も、カトラリーを使う手を止め、

「いやな、カサンドラって言ったか? 伯爵の養女。さっきは感情的になってたから、詐欺だって言ったことも気にしなかったけどよ。9年前の話だろ? 9年前っつったら、お前、その子だって、まだ6つか7つのガキじゃねえか」

「あ……!」

 ライオット様の指摘に、わたしたちの口がぽかんと開く。



「そんくらいのガキが、立派な恰好をした大人に『それは我が家に代々伝わる~』なんて言われてみろよ。そうなのかって、疑いもなく信じるだろ?」

「信じるな。アミュレットがいつ頃出回ったとか、そんなことだって知る由もないか」

 確かに。大人が2歳児に騙されるなんて考えにくいように、そんな手口で、自分を騙そうとしている大人がいるなんて、子供は思わないだろう。飴をあげるから~とはレベルが違う。



「疑えという方が無理な話か。勉強をしておかしいと思っても、伯爵夫人に自分はあなたの娘ではない、とは言えないな」

 伯爵家の名に、傷が増えかねないのだから、当然だろう。

「違いますよ、旦那様。家名に傷がつくとか、そういう話ではなく、貴族の生活を知った娘が、元の庶民の暮らしに戻りたいと望むかどうか、という話です」

「あ~……」

 グロリアの指摘に、わたしたちはそれもありそうだと頷いた。



 とは言え、カサンドラが自分を偽り続けている理由については、あまり重要ではない。大事なのは、彼女が自らの意思で伯爵家を騙そうとしたわけではない、という部分である。

「だからと言って、ステラにしたことがチャラになるわけじゃねえけどな」

「当然だ。我が家もヴィリヨ商会も、彼女とは関わらない。ヴィンス兄ィと相談する必要があるだろうが、将来的の縁切りも視野に入れて、嫁入り先を探してやれば十分だろう」

 ホーネスト伯爵家を継ぐのは、長兄のヴィンス兄様だもの。勝手に動いた結果、迷惑をかけてしまっては、何をしているか分からないものね。と言うことで、忘れてはいけない重要事項──

「……あの、カサンドラは2年前に婚約しているのですが……」

 これを言っておかなくては、噛み合う話も噛み合わなくなるかも知れない。



「何っ!? どこの誰と?!」

「サンドロック伯爵家のフランシス様です」

 いずれは伯爵家を継がれる方ではあるが、人と争うことを嫌う、穏やかな方だ。のほほんとしていて、陽だまりの下でお茶を頂いている姿が良く似合う。きちんと『カネ花』にも登場していた。ただし、ヒロインの婚約者ではなく悪役令嬢(わたし)の婚約者として。



 漫画の中で、悪役令嬢がヒロインをいじめる理由は、ここら辺にもあったようである。

 自分の婚約者は、同じ伯爵家の血筋ではあるものの、良く言えば穏やかで優しい人。悪く言えば優柔不断で頼りにならない。漫画でも、準レギュラーのキャラクターだった。

 一方、ヒロインの周りに集まるのは、王子や、侯爵・公爵家のご子息など。どの方も将来性に加え、それぞれに違う魅力にあふれる人たちばかり。悪役令嬢に限らず、イケメンに囲まれたヒロインをよく思わない人がいるのは、当然だと思う。



 ただ、それはあくまで漫画での話。カサンドラは、フランシス様も含めた逆ハーレムを築いているのだ。そのせいか、彼女の彼に対する態度は、あまりよろしくない。

「……ヴィンス兄ィと話し合わなくてはいけないことが増えたな──」

「そうですね。こちらでも情報収集はしますが、ライオットの方でもお願いできますか?」

「おうよ。サンドロック伯爵家な、あそこは確か、奥方が虚弱体質なんだよ。んで、薬を集めまくってる。ウチでも依頼を引き受けたことがあるし、良い医者を知らねえかって聞かれたこともある。薬屋を始める気かってくらい、集めてるはずだ」

 そうなんだ。知らなかったわ。



「薬屋を開業する気なら、婚約に関係なく話をしても良いかも知れない。あくまで、向こうから話があったらの話だから、ここだけの話にしておいてくれ。スーもいいね?」

「はい、もちろんです」

 やっぱり、政略結婚なのよねえ? カサンドラは「あたしが魅力的すぎるのがいけないのよね」なんて、ドヤ顔してたけど。昔も今も、フランシス様のご様子を窺うに、あの子が、彼の好みとは思えないのよね。彼、もっと、大人しい女性が好みなんじゃないかしら?



「旦那様、ライオットが気付いてくれてよかったですね」

「そうだな。あのまま指摘していれば、子供相手に何を、という批判が出た可能性もある」

 先のことは分からないが、カサンドラを詐欺で糾弾することはしない、という方針は決定事項のようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ