表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

なんで後々遅刻しそうになるのわかってるのに、いつも家をギリギリで出ちゃんだろうね(オリオン)


 着陸態勢に入った飛行船の窓から、私は大空に浮遊する、その巨大な島を眺めた。


——空中都市オリオン。


 立法、行政、司法などの三権をはじめとする、我が国、コーデルネシア連邦の、ありとあらゆる国家中枢機能が集中する、言ってみれば、この国の政治的な心臓部に当たる地だ。

 そのため、他国からの侵攻阻止と、防犯テロ対策の目的として、島の下部に大規模な魔力ユニットを設置して、わざわざ都市を島ごと浮かせているらしい。


 飛行船がゆっくりと、船尾から都市の飛行場に座ると、私はおもむろに自分の鞄を持ち、客室を出て、真っ直ぐハッチに向かった。

 やがて、どこからともなくやってきた飛行船のクルーが、洗礼された俊敏な動きでハッチを開け、私に向かって丁寧にお辞儀をする。


 私はそのクルーに軽く会釈しながら、飛行船の外に出る。

 その瞬間、突如襲ってきた冷たい風に、思わず足を止めると、私の優秀な魔族の女性秘書シルクが、淡々とした口調で自らの意見を主張した。


「ハル先生、時間が押しております。お急ぎください」

「わかったよ……」


 私は彼女の言葉に従って、足を進めた。

 都内には、眼光鋭い警察官がいたるところに配備されていた。その独特の緊張感の漂う都市の様相は、以前私のいた、永田町にとても似ている。美しい街並みを見るために、迂闊に目をあちこちに遣っていたら、怪しい奴だと思われて、職務質問を仕掛けられるかもしれない。そのため私は、ある一点を集中して見つめることにした。


「先生———」


 横を歩くシルクが私に顔を向けることもなく、唐突に話しかけきた。


「今日の委員会での質問文と、関連資料でございます」

「あ……ああ」


 私は彼女から手渡された紙束を、乱雑に鞄にしまう。


「それから先生、先ほどから何故、私の胸ばかりを凝視しているのでしょうか?」

「……いや……別に」


 おっと……やはりばれていたか。

私は名残惜しくも、シルクの豊満な胸から目を離し、彼女の小振りな尻に焦点を当てた。


「先生……」


 長らく彼女と一緒にいるものでなければ、気が付かないほどに、先ほどとは若干語気が異なった。

——その差異は、彼女の怒りを表していることは明白だった。


「……すみませんでした」


 西洋風の格式高い建物の立ち並ぶ、街道を抜けると、ある大きな建造物の前に到達する。

その外観は、なんとも品のあるゴシック建築なのだが、経年劣化からか、ところどころ、外壁にはヒビが入っていた。

 ここは、コーデルネシア連邦の国権の最高機関である、五院のうちの一つ、無族院。

 私はこの無族院の議員で、無族とは、コーデルネシアでは人間族のことを指す。


 なぜ人間族が無族と言われるのかというと、他の種族から見れば、人間族は凡庸で特徴が無いからとか、無価値だからとか、いずれにしても、人間族に対する極めて差別的な理由であることには間違いない。


「先生、もうまもなく委員会が始まります。お急ぎください」

「ああ、そうだったな」


 殺風景なエントランスで、手早く入場の手続きを済ませ、くすんだレッドカーペットの廊下を、小走りで議場に向かう。

 私は右腕に巻かれた腕時計に目をやる——委員会の始まる三分前。


「少々まずいな……」


 当選一回目の新人議員である私が、委員会に遅れたのでは示しがつかない。

 それに、前回の選挙で散々に大暴れした私を、敵対視している輩も多い。もし質問時間になっても、議場に私が現れなかったら、私は勿論、我が党までもがメディアでぼろくそに叩かれ、私と我が党を支持してくれた国民からの信用は、永久に失わることになるだろう。


「私の質問時間は何番目だ?」

「最初でございます」


 であれば、尚更遅れるわけにはいかないな——私は一層足を速める。

 やがて、長い廊下の先に、木目調の扉が見えてくる。


——委員会が始まるまで、あと数秒。


 シルクは扉に駆け寄り、両手でノブを思い切り引く。

私は足を止めることなく、額の汗をぬぐいながら議場に入る。


 それからほどなくして、議場の扉は閉められ、それを確認した委員長が、ギャベルを二回叩くと、議場は静寂に包まれた。


——どうやら、すんでの所で間に合ったようだ。


「ただ今より、哭暦一七○○年、八月六日、無族院、外交委員会を開会致します」


 外交委員会とは、端的に言えば、外交のことを話し合うための委員会だ。

 昨今、我が国と隣国パレルモ共和国は、我が国の一部領土をめぐって、軍事的な緊張が非常に高まっている。下手をすれば、領土紛争に発展してもおかしくはないだろう。


——それだけに、今回の委員会は非常に重要な意味をもっている。


「各会派の質疑の持ち時間、並びに、質疑の順番は、お手元の資料をご参照ください」 


 私は自席に座ることなく、ゆっくりと演壇に近づく。

 漆黒の革靴が、大理石の床を蹴るたびに、乾いた音が議場に鳴り響いた。


「では最初の質問者、白狼党、ハル君」


 中央の演壇に立った瞬間、私の中で、様々な思いがこみ上げる。

 私に協力してくれた、沢山の仲間たちのこと。

 私がこの異世界で、政治家になろうと決意した、あの日のことを……。

いつまでも口を開かない私に、議場が徐々にざわつき始める。

 それを制すかのように、私はめいっぱい声を張った。


「白狼党代表、ハルです!」


 この異世界に来てから僅か二十年——今私の、新たな政治家生活が始まる……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ