決起
ー名もなき村ー
人は生きるか死ぬかの二択しかない。そして多くの人間は、死にたくないと考えている。だが私の眼の前で倒れている人たちは、どう答えるだろうか。この国の金持ちのせいで、権力者のせいで、なぜこの者たちはここまで苦しまねばならないのか。
この国を、変えたい。
私はこの日、決心した。役人になり、貧しい民を救うと。
ー摸着天ー
あの日から、私は勉学に励んだ。役人となり、民を救うために。
「倫!居るか?」
外から声が聞こえる。
「ああ、何の用だ」
私はそう返す。彼は私の幼馴染で李保という。
「最近勉強ばかりしているようだな。ろくに飲んでもいないだろう。」
「酒か?わかった。支度する」
「話が早くて助かる」
酒場、久しぶりだ。
「どうだ?科挙は受かりそうか?」
「まだ、足りない」
「だろうなぁ。俺たちみたいなろくに金も持たない奴が簡単に浮かれるわけないよなぁ」
「受かってみせるさ。さあ、飲もう」
あとは雑談が続く。久しぶりに友と呑む酒は、最高にうまかった。
「酒を一杯」
隣に客が座った。かなり身長が高い。
…話しかけてみるか
「失礼、少し共に飲みませぬか。見た所お一人のご様子。話しながら呑む酒ほどうまいものはありますまい」
「ほう、一理ありますな。ではお言葉に甘えましょう」
「私は王倫、この者は李保と申します」
「ああ、名乗り遅れました。私は杜遷と申す者」
杜遷殿を交え、雑談を再開する。初対面とは思えないほど、話しやすかった。
「しかし、なんとも立派な長身ですなぁ。羨ましい限り」
李保が不意にそういった。
「まさに。まるで天にも届きそうなほどだ」
私もそう続ける
「いやはや、大きいだけの体など、何の役にも立ちませぬ」
私の脳裏に、一つの単語が浮かんだ。
『摸着天』
ふと口から出たその言葉に、李保が続ける
「まさに倫の言う通りだ。杜遷殿のその長身は天まで届く。いずれその名も、天まで届くことだろう」
杜遷殿は笑って
「ははは、ここまで褒められたことがこの生のうちにあっただろうか。摸着天、これからはそのようにも名乗らせていただこう」
私たちはすっかり意気投合して、それぞれ帰路に着いた。
ー小旋風ー
杜遷殿は息災だろうか
あれから月日は過ぎ、私は科挙の試験会場に向かう。
ようやく、民を救える
会場には多くの着飾った者たちがいた。
「やはり金持ちだらけか」
不満げにそうつぶやく。
「まあそう言われるな。金持ちにも善人はいる」
隣からそう声がする。見れば見るからに高貴で、不自由を知らないような雰囲気の男がいた。
「失礼。私は柴進と申す者」
「柴進?まさか後周の帝の血を引く?なぜここに?」
「私は科挙など興味はありません。しかし、この国の未来を創る者たちには興味があります。あなたの名前を伺いたい」
「私は王倫と申します。民を救いたい一心で、ここに参りました」
「あなたは興味深いお人だ。他の人間とは違い、一途な思いでここにいる」
それから柴進殿は少し悲しい表情をして
「あなたのような人が暮らしにくい国にならないことを、願っています」
柴進殿は後周の帝の血を引き、国からも特別扱いされている。
『小旋風』の異名を持ち、裕福に暮らしている
あの方は私の心に小旋風を吹かせ、迷いを吹き飛ばしてくれた。不思議な方だ
そして私は、無事試験を終えた。
ー白衣秀士ー
「倫!倫!」
目を開けると、そこには李保がいた。
私は科挙に落ち、その結果を知って倒れたらしい。
「やはりこの世は金持ちが得をする。世を、変えなければならない」
「ああ、だが今は休め。今は頭を気遣ってやれ。科挙は後だ」
「いや、科挙ではない。この国はもう内からは変えられない。今度は外から変える」
「何を言っているのだ、倫」
「反乱を起こす。出かけるぞ。決起の場所を探す!」
「待たれよ!王倫殿。私も連れて行ってくれ」
目の前には巨漢。
「杜遷…」
「あなたが立つというなら、ご一緒させていただきたい」
「わかった」
それからあちこちを旅して決起の地を探した。
いつの日か私は『白衣秀士』と呼ばれるようになっていた。
ー梁山泊ー
ある宿で、決起の計画を立てていた
「外が騒がしいな」
杜遷が異変に気付く。
「反乱者、王倫を捕らえよ!」
その声とともに、官兵が押し寄せてくる
「倫!逃げろ!」
とっさに逃げる。三人で、斬り結びながら
「ぐっ!!」
李保の胸元に、槍が突き刺さった。
「李保!」
「倫!逃げろ!一人の死など気にするな!」
私は泣きに泣いた。
「お前が反乱を起こすって言った時、困惑した。だがやっぱ俺はお前のことが好きだったんだ。実は役人に報告しようとした俺の親を殺してついてきた。こんな汚れたやつ、お前の目指す平等な世には必要ない。だからその夢、必ず果たしてくれよ」
私は杜遷に助けられなんとか逃げ延びた。
逃げた先には湖があった。そしてその真ん中に、山が。
「ここだ。こここそ決起の地だ。杜遷!李保!」
帰ってくる声は杜遷のみ。李保はもういない。
私たちは二人で梁山泊で支度をし、決起した。
「李保。我らの夢は今、動き出したぞ」