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行き止まりのサイト

 ブログや、SNSなどの登場により、今はすっかり衰退してしまったが、かつては多くの人が個人のサイトを持っていた。自身の絵や文章を中心に公開しているサイトや、おすすめ商品を紹介しているサイト、中にはどういった目的で作られたのか分からないものもあった。

 私はそんな個人サイト用のスペースを提供する会社で働いている。かつてのように盛況ではないが、今でもサイトを更新している利用者は少なくない。その時、私が見つけたサイトもそんなうちの一つだった。

 

 私がそのサイトを見つけたのは、サーバー監視にそのサイトが何度か引っ掛かったからだった。

 そのサイトは、何故か時折限界ギリギリまでサイトの容量を使い切ってしまうのだ。しかも、その増え方が不自然で、一気に使用容量が増えたかと思うと、次の瞬間にはそれが消失してしまう。その異常な現象を、サーバを自動監視するシステムが拾ってしまったのだ。無視し続ける訳にもいかない。私はそのサイトを調べてみることにした。既に他の皆は帰り、職場のフロアにいたのは私一人だった。

 そのサイトは実に奇妙だった。更新時間を見る限りでは頻繁に更新されているようなのだが、サイトの中はほとんど何もない。「ようこそ!」という言葉と、綺麗な山や海の写真があるだけだ。電子掲示板もないし、他のサイトへのリンクもない。つまり、何もないただの行き止まりのようなサイトなのだ。

 どう考えても限界ギリギリまで容量を使うようなサイトには思えない。そもそも他人に公開しているのだろうか?

 そう不思議に思った私は、そのサイトのURLを検索にかけてみた。すると、意外にも何件もヒットするではないか。どういう事なのかと思っていくつかを見てみて、私は首を傾げた。

 そのサイトのURLが貼ってあったのは、ほとんどが電子掲示板だったのだが、何の説明もされていなかったからだ。それなりにアクセス数の多い電子掲示板だから、それでもクリックする人はいるかもしれないが、それに何の意味があるというのだろう? 悪戯としか思えない。

 私は少し考えると、そのサイトの管理人に電話をかけてみることに決めた。意図も目的も分からないが、急激に使用率が上がる現象も含めて何か怪しい。或いは、何らかの犯罪にサーバースペースが利用されているのかもしれない。

 サイト管理者の情報を検索しながら、私は同時に貸しているサーバースペースにどんなファイルが置かれているのかを確認しようとSFTPSを使って、内部ファイルを確認してみた。すると、htmlファイルの他に、まったく見た事もない拡張子のファイルが一つある。

 なんだろう?

 そう奇妙に思いながらも、私は調べた電話番号に電話をかけた。

 電話に出たのは女性だった。その声はとても落ち着いていて、澄んだイメージがあった。色を付けるのなら、青だろう。

 私がどんな目的でサイトを利用しているのか尋ねると、彼女はこう言った。

 「とても説明が難しいのですが、何か問題があるのでしょうか?」

 「問題というか、奇妙としか思えなくてですね。一体、どうしてあなたは急に限界ギリギリまでサイト容量を使ったりするのですか?」

 「それは……」

 彼女は言葉を詰まらせていた。そんな時だった。サーバー監視のメールが私のパソコンに届いたのだ。見ると、彼女に貸し出しているスペースの容量が急速に限界近くまで使用されているという例の警告だった。

 こんなタイミングで、彼女はサイトを更新しているのか?

 訝しく思った私は、SFTPSの画面を更新して最新情報を表示させてみた。すると、莫大な容量の謎のファイルが一つだけできていた。

 なんだこれは?

 私は思わずそれをダウンロードしてしまった。

 容量が大きいから、なかなかダウンロードされてこない。その間で私は彼女に向って責めるような口調でこう言った。

 「何故、こんなタイミングでサイトにファイルをアップロードしたのですか?」

 彼女が悪戯をしていると思ったのだ。

 すると彼女はそれに「え?」と返した。その白々しい態度に私は苛立ちを覚えた。

 「知らない振りをしてもダメです。サーバー容量がまた急激に上がりましたよ。今、そのファイルをダウンロードしている最中なのですが……」

 ところが、それを聞くなり彼女は大声を上げたのだった。

 「そのファイルをダウンロードしてはいけない! 早くキャンセルしてください!」

 なにをいっているのだろう?

 そう思った瞬間だった。パソコン画面に信じられない現象が起こったのだ。黒髪…… いや、濃い影だろうか? そんなものが急に画面を覆い、その隙間から人の顔のようなものが浮かび上がった。目玉のようなものもある。私を見ている気がした。私は茫然となってしまった。

 「これはいったい、何です?」

 ウィルスにしても不可解だ。

 その私の問いには答えず、彼女はこう言った。

 「ダウンロードしてしまったのですか? なら、私がサイトにアップロードしているファイルを直ぐにダウンロードしてください! 一般には使われていない拡張子のファイルです! 早く!」

 そう言われて、私は先に見たあの謎の拡張子のファイルを思い出した。恐らく、あれの事だろう。

 しかしその時既にパソコン画面は、謎の顔に埋め尽くされていた。あのファイルを選択しようにも何処にあるのか分からない。迷っているうちに画面の顔はどんどんと大きくなっていった。そして、恐らく幻覚だろうとは思うのだが、画面から手が飛び出してきたのだ。

 私を掴もうとしているように思える。

 「早く、ダウンロードしてください!」

 彼女の声が言った。急速に危機感を覚えた私は、無我夢中でマウスを操作し、ファイルがあっただろう場所をクリックし、それを思い切り引っ張った。

 辛うじて、何らかのファイルがダウンロードされているのが分かったが、それが彼女の言っていたファイルかどうかは分からなかった。

 今やパソコン画面に現れた顔は、私を明確に凝視していた。手に続いて、顔までパソコン画面から出てきたように思えた。恐怖に竦んだ私は、思い切り目を瞑った。

 真っ暗闇の中で、しばらく時間が流れた。

 

 「……大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

 

 そう呼びかける声に気づき、私は恐る恐る目を開けた。先の恐ろしい顔は、もう何処にもなかった。パソコン画面は元に戻っている。

 私は辛うじて携帯電話を落とさず掴んでいたのだが、呼びかける声はその中から届いてきているようだった。

 「大丈夫ですか?」

 応えねば。

 「あ、はい。大丈夫です。何とか」

 さっき起こった事を思い出して、私はパソコン画面を確認してみた。見ると、彼女の言ったファイルがダウンロードされてあった。恐らくは、これのお陰で助かったのだろう。

 「ありがとうございます。しかし、あれは何なのです? あなたは、何をやっているのですか?」

 私がそう質問すると、彼女は観念したような口調でこう言った。

 「そのサイトは罠なんです」

 「罠?」

 「はい。さっきあなたが見たようなあまり良くないものを捕らえ、浄化する為の罠です」

 「良くないものって……、いったい、あれは何だったのですか?」

 私がそう質問すると、少しの沈黙の間の後で、彼女はゆっくりと答えた。

 「言うなれば、妄念のようなものでしょうか? 人は昔から、何かしらに執着をし、妄念を生じさせてきました。そして近年になり、インターネットが普及すると、それに執着をする人も現れるようになった…… ならば、やはり妄念が生まれます」

 私は頭に手をやると言った。

 「つまり、霊のようなものですか?」

 「それで分かり易いと言うのなら、そう捉えてもらっても構いません。

 さっきあなたが見たような妄念は、ネット上をさ迷い、時に良くない影響を人に与えます。だから私は行き止まりのサイトを作ってそれらを捕らえ、あなたがダウンロードした先のファイルを使って浄化しているのです。ネットの妄念は、ネットから逃れられませんから。サーバーの使用率が急激に上がったのは、妄念を捕らえたからですよ」

 「つまり、さっきの私はその妄念とやらをダウンロードしてしまったというのですか?」

 「いえ、妄念そのものではありません。もっとも、妄念の居場所ではありますが……」

 私には彼女の言う事がとてもじゃないが、信じられなかった。しかし、現実に(現実だったのだろうか?)あのような現象が起こったのは事実だ。いや、少なくとも私はそう記憶している。ならば……

 「分かりました。あなたのサイトの事は会社には上手く言っておきます。心配なさらず、あなたはその妄念の浄化をし続けてください」

 そう私が言うと、彼女は「ありがとうございます」と、そう応えた。

 

 もしも、あなたが何処かで行き止まりのサイトを見かけたなら、それは妄念を浄化する為のサイトかもしれない。

一応、断っておくと、多分ですが、個人用のサーバー一つにここまで監視している会社はないと思います

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんのり怖くて、 でもトイレに行けなくなるほどではないです。 [一言] 私も昔はレンタルサーバで個人サイトを運営してました。 それに、似たような仕事の経験があります。 だからなのか個人サイ…
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