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 さあ、やって来ました昼食タイム。

 転校してきて日が浅いうちは、色々と気を遣ってしまって大変なわけですよ。そんな中、何も気にすることがなく、ただ飯を食うだけの時間は幸せの一言に尽きる。

 仲良くなりはじめたクラスメイトと一緒に学食に行くという選択肢もあったが、ノー。そういうのは来週から。今は自分の世界に浸らせてください。

 今日のお弁当のオカズは何だろう。唐揚げかな。卵焼きだろうか。いやいや、ここはもしかしたら、男の子には欠かせない丼ものかもしれない。

「よお。転校生。何をニヤニヤしてんだ」

 そんな俺が傍目にはよっぽど表情を崩していたのか、前の席に座っていたクラスメイトが話しかけてくる。確か、古谷といったか。

 古谷は、俺の視線の先を見て、何かを一人納得したようだった。

「あー。相川ね。わかるわー。かなりレベル高いもんな」

 相川? 一体誰だ。どこの何者だ。転校してきたばかりの身分では、自分の近くの席の生徒くらいしかチェックしていない。名前だけ言われてもわかるはずがなかった。担任の苗字ですら、まだ曖昧だったりする。佐々木か佐々本の二者択一。

 っていうか、何も見てないから。顔を向けている先に誰がいたとしても、視界には入ってないから。

 だというのに、古谷は構わずに喋りかけてくる。

「でも、残念だったな。あいつ、ウリをやってるらしいぜ」

 瓜をやってる? スイカ? メロン?

 あ、売りのことか。つまりは売春。そいつはビックリだ。さすがは都会。

「あんまり驚かないんだな」

 どうやら、それなりのリアクションが期待できるネタだったのか、古谷はつまらなそうに愚痴る。

「いいや。かなりビックリ。そして羨ましい。どこでいくら払えば買えるのか、詳しく聞きたいくらいだ」

「んー。女子から聞いた話だから、あんまよくわかんねえ」

 女子から聞いた話。

 古今東西、そのフレーズの信憑性はツチノコやネッシーや猫ひ〇しなどの都市伝説に等しい。あ、猫〇ろしは実在してるか。

 とはいえ、有り得ない話と切り捨てるほど、俺は女子に対して理想も願望も持っちゃいない。転校前の学校も田舎ではあったが、実際に小遣い稼ぎで援交をしているやつはいた。

 一体、誰が相川さんなのかはわからないが、どんな外見かは少し気になるところだった。

「……ま、俺はいくら顔が良くても、ああいう冷たい女はちょっと苦手だけど――うぉぇっ!?」

 古谷が急に奇声をあげる。冗談ではなくガチで驚いている。それにしても、「うぉぇっ」はないだろ。品が無さ過ぎる。

 まあ、一体何に驚いているのか、俺の背後を振り返ってみようじゃないか。

 ――――俺の背後には、見知らぬ女子がいつの間にやら立っていた。

「うぉぇっ!?」  

 同じ奇声をあげてしまう。

 前世はクノイチなんじゃないかと疑いそうなほどに、全然気配が無かった。古谷は慌てて、席を立って廊下に走る。

 なるほど。この女子が相川さんか。通常の思考を持っていれば、それは明らかである。レベルが高いとの話だったが、確かに、大多数の人は彼女を美少女と分類するだろう。

「……これ、学校の地図。担任の先生から渡すように頼まれたんだけど」

 相川さんは、一枚のA4用紙を俺に差し出す。先ほどの会話は聞こえていなかったのか、無表情だった。聞こえていたとしても、俺は特に当たり障りのないことは言っていないから気にしないけど。

「悪いな。俺、方向音痴だからかなり助かるよ」

 都会の学校というものは、生徒が多いからか無駄に広くて困る。実際、午前中にあった教室移動も、何も考えずクラスメイトの後ろをついていっただけだ。

「……俺?」

 わずかに、相川さんが眉をひそめる。だが、それも一瞬のことで、すぐに俺の席から離れようとする。

「あ、そうだ」

 ぴた、と相川さんは急に立ち止まる。

「私、どこを探そうといくら出そうと売ってないから」 

 言ってました! 当たり障りのあること言ってました! 今気づきました!

 どうやって謝罪しようか慌てて考えていると、相川さんはそのまま、すっと離れていってしまう。

 あー。これは、嫌われたかな。

 新たな学校生活に早くも暗雲の気配。

 まあ、いっか。それよりもお弁当です。ちょっとした邪魔が入ったけど、これからお待ちかねの昼食タイムです。

 机の横にぶら下げてある鞄の中から、お弁当を取り出す。

 ――いや、取り出せなかった。

 何故なら、無かったから。おしゃれなハンカチーフに包まれた『アイツ』が。

 え? なんで?

 まさか、忘れた?

 なんだかとても嫌な予感がした。いつもは瑞希みずきと一緒に登校するのだが、今日は用事があって俺が先に家を出た。

 もし、お弁当を置き忘れたとするならば、玄関だろう。

 すると、家を出るときに瑞希は気づくだろう。

 今日の授業のスケジュールは、学年が違う者同士で会えるタイミングはなかった。

 そうなると、お弁当を渡せるのはお昼休みしかないわけだ。そして今、お昼休みなう。

 ……奴が、来る!?

 そして、予想通り、その時は訪れた。

 リノリウム張りの廊下に、けたたましく鳴り響く足音。しかも、それは徐々に近づいてくる。

 教室の扉が、ガラン!と勢いよく開かれる。

とおる、お弁当忘れたでしょ!? 大丈夫! お姉様がちゃんと持ってきたからっ! でも遅れちゃったっ! これには深い理由があるのだよ! 実は、子犬に轢かれそうな車がいたんだよ!」

そこへやってきたのは、やかましい、もとい、元気の良い声。昼休みが始まって一〇分以上が経過して、瑞希様が教室に到着する。まあ、とりあえず落ち着け。何かが間違ってる。

「あっ、違う違う! 車に轢かれそうな子犬がいたのっ!」

 言い直さなくてもそれくらいはわかるから。車を轢けるような子犬ケルベロスはいないから。っていうか、それは登校時間に遅れたときの言い訳じゃねえか。

「申し遅れました! ボクはこのクラスに転校してきた名波透のお姉ちゃん、名波瑞希です! はじめましてっ!」

 登場の仕方はインパクト大だが、普通の姉ならドン引きで済むだろう。そう、普通の姉なら……。

「ね、ねえ、もしかして、あれって『MIZUKIミズキ……?』

 囲んで昼食を採っていた女子のひとりが、声をあげる。まだ疑問形だから、誤魔化せばなんとかなるはずだったのだが。

「あ! 私のこと知ってるんだ!? 嬉しいなあ!」

 ――あの目立ちたがりが誤魔化すはずがなかった。

 はいはい。そうですよ。あの朝ドラや映画に出てる『MIZUKI』ですよ。もうメンドクサイので誤魔化しませんよ。

 直後、波のようにクラスメイトたちが押し寄せて、俺と瑞希は質問攻めに合う。

 さようなら。

 俺の平和なひととき。

 さようなら。

 俺の平穏な昼休み。


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