シーフ・アンド・キング_2
「あだっ!」
ドザッ!っと鈍い音を立ててニートは山道に倒れこんだ。
「オラ!さっさとその荷物を置きな!!!殺しゃあしねえからよ」
坊主頭で目の横に刺青の入った大柄な男が言う。
「ホラホラ、こるで刺したらいてぇぞぉ?」
フードを被った小柄な男がニートの目を除き込み、横で刃物をユラユラと揺らす。
その男の瞳に、月明かりで照らされた刃がキラリと、鋭く光るのをニートは見た。
二つ目の山の麓でニートが目覚めたのは太陽が登り切ってから。
野宿で縮こまった身体を猫のように伸ばし、彼は山道を登り始めた。
下り始める頃には日は暮れ始め、彼は月明かりを頼りに山道を下りていた。
足取りこそ遅くはなるが、ある程度人により整地された道に、それ程の苦労もなく下山は順調に、終わりを迎えようとしていた。
そんな最中、山道に松明らしき明かりが見えた。
三人の人影。
こんな夜中に何をしてるんだと思いつつも、ニートはその三人へ距離を近づけていく。
「おーい!あんた!こんなところで何してんだ!」
三人組は立ち止まると、ニートに呼びかける。
「いやなに、旅の途中でね!カシンに向かう途中なんだ!」
ニートは立ち止まることなく三人組に近づく。
「この山の夜道はあぶねーぞ!狼が出るんだ!」
ニートは立ち止まることなく三人組に近づく。
「そうなのか!そりゃこえーな!」
ニートは立ち止まることなく三人組に近づく。
「街まで送ってやるよ!早く来い!」
ニートは立ち止まることなく三人組に近づく。
「本当か!助かるよ!ところであんた達こそ、こんな所で何してるんだ?」
ニートは立ち止まることなく三人組の目の前まで近づいた。
「何ってぇ?人攫い、かなぁ」
細く、背の高い、深くフードを被った男が言うと大柄な男にニートは殴られた。
ニートは立ち止まることなく、 三人組に近づきすぎてしまった。
「おぉい、 ペイジ、 あんまり粗末に扱うなよぉ、 商品が使い物にならなくなったら、って何回言ったら解るんだぁ?」
「あ、いや!すいやせん!ボス!てっきり身ぐるみ剥ぐのかと!」
「いやぁ、どっちでもいいんだけどねぇ。 男は有り余ってるしなぁ、 若いから使えそうだけどぉ、 金は持ってなさそうだしなぁ」
ボスと呼ばれる男は気怠い口調でニートを品定めし、頭をポリポリと掻く。
「おい!てめぇ!さっさと持ちもん全部だしな!ありぇったけだ!ほら!」
小柄な男はそう捲し立て、ニートにナイフを突き付けた。
「ぅう……わかったから、ちょっと待ってくれ」
ニートは盗賊に出会ってしまった!
クソッタレだ、全くもってクソッタレだ、とニートは思い、背負っていたリュックと銀貨が15枚入った小袋を差し出した。
ペイジと呼ばれた大柄な男が、それをむんず、と奪い取る。
「ひひっ、そりでいいんだよそりで!あと、お前着てる服!これ、いいヤツだな!そりも脱ぎな!」
間抜けな言葉遣いで歯抜けた顔をニヤニヤさせ、小柄な男は命令する。
「わかりました、服は差し上げるので、下着と、砂利道なので、靴だけは見逃してください。」
「あぁん?いいかりゃ早く脱ぎな!」
ニートはこういった時、かなり冷静でいられる男だった。
子供の頃から森の中で危ない動物や、危ない場所や、危ない状況に何度も出会していたので、ピンチの時にでも彼は慌てふためかない。
何より、お得意の「まぁ、なんとかなるか」という考えがあるのだ。
相手は三人、どこぞの誰かもわからない盗賊。
こちらは仮にも勇者に選ばれた男、だが武器もなく、すでに一発イイものを貰っている、勝てるわけがない。
だが逃げ出すことなら出来るはずだ。
ニートは瞬時にそう判断すると、 隙を見て逃げ出す為に、 靴だけは確保する事にした。
下着は愚息と最低限の羞恥心を守る為である、 やはり男として、いや人として、
まだそれらは守ってやらねばなるまいと、また同時に思ったのだ。
小柄な男は乱暴にニートから服を奪い取ると品定めを始めた。
「こいつぁエッカワのトコで作ろれるヤツだな!ボス!こいつぁ!高く売りやすぜ!」
「リュックにゃたいしたもんは無いですが小袋にゃ銀貨15枚も入ってますぜ!」
二人は早速奪った荷物を品定めしボスと呼ばれる男に報告する。
「ふぅん、まずまずだねぇ、カシンに行くには結構、小遣い持ってるねぇ……あれぇ?」
ボスと呼ばれる男はゆっくりニートに近づいて来る。
流石は盗賊のボス。
胸にぶら下げた勇者の証を、目敏く見つけたのだ。
尻餅をつく様に座ったニートがしまった、と思った時には彼は目の前にしゃがみ込み、首に掛かったペンダントを手に取りながら眺めていた。
「これぇ、宝石?綺麗だねぇ、君ぃ……何処から来たの?」
「エ、エッカワです……」
「おぉい!そのペンダントもよこしな!」
小柄な男が叫ぶ。
「待て、待てよぉ、うーん……」
ボスはペンダントから手を離すと立ち上がり、顎をさする。
何かを考えているその顔は鼻から下以外、暗くてよくわからないが、子分の二人に比べると比較的に整った顔立ちを思わせた。
「……うーん、この子やっぱり攫っちゃおうかぁ!もしかしたら良いところのボンボンかもよぉ?」
彼は、そうだ!と言い出しそうな素振りで発言をする。
ニートは驚きと焦燥を受け、そしてすぐ逃げる機会を伺った。
もう残された時間は少ない事に気付いたのだ。
「良いとこりのボンボンだとなんで攫うんですけ?」
「馬鹿!攫って脅して親に金持って来させるんだよ馬鹿!」
「あぁ?馬鹿だと?このデカブツ!」
「んだとチビ!!!」
「おぉい、くだらない事で揉めるなよぉ」
チビとデカブツが揉め始め、ボスが宥めに入った。
今だ!!!
ニートはその一瞬の隙を突いて、体に込めていた力を使い立ち上がり山に向かって走り出す。
走り出してしまえばこっちのもの、田舎育ちの脚力は伊達ではないのだ。
「だぁあめだよぉ?」
「うわっ!」
走り出してすぐ、ニートは何かに足を取られ転んでしまった!
足を見ると鞭が巻きついており、その先にボスと呼ばれた男がしっかりと手綱を握っていた。
彼はぐい、と鞭を引くと足首が締まり、そのままズルズルとニートを引っ張る。
「うわっ、うわ」
ニート情けない声を上げながら彼の元までしっかり引っ張られる。
「うがっ」
彼に背中を踏みつけられニートは呻く。
「意外と大胆だねぇ、それとも最初から考えてたぁ?逃げることぉ」
彼は楽しそうに言う、まるで最初からこっちが、逃げ出す瞬間を待ち構えていたかのような。
狡猾で冷酷、一度獲物を油断させて、それでいて絶対逃がさない、そんな印象を受け、こいつは、蛇の様な男だ、とニートは思った。
「けひひ!ボスの鞭使いからは逃げらりねぇぜ!」
チビが面白そうに言う、クソ、このチビ絶対ぶっ飛ばす、とニートは誓うも、ボスに体重をしっかり乗せられうつ伏せのまま動けずにいた。
クソッタレだ、俺にはもう何もできないのか?とニートは諦めを感じた。
そんな時、大きな遠吠えが闇夜の静寂を切り裂いた。